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第十九話 激戦

「メイスト……この惨状は貴女の仕業で間違いないかしら?」

「そちらも正解」


 メイストは一切悪びれた様子もなく言い切った。

 この惨状を生み出したのが彼女なら、あんな結界を張ったのも頷ける。

 あの結界はこの惨状を隠すための仕組みだったのだ。

 人間たちから隠れる結界ではなく、同胞までも弾く結界。

 つまり私に見つかる可能性を低くしたかったか、もしくは発見を遅らせたかったかのどちらかだ。


「まさか隠しきれるだなんて思ってはいないわよね?」

「当然ね。貴女ほどの魔女が相手なら、仕方のないことよ」


 メイストは笑みを浮かべた。

 地獄のような光景の中心で笑う彼女は、魔女というより悪魔に見えた。

 赤と黒が支配する空間、死と血肉の混ざりあった匂いが嗅覚をマヒさせる。

 さらにこの地に充満する不思議によって、本来視えるはずの不思議の流れが追えなくなっていた。

 これでは魔法を発動前に見切ることができない。


「貴女のことを少し調べさせてもらったわ、リーゼ・ヴァイオレット。年齢不詳。最低でも二〇〇年以上は生きていると想定される魔女。その紫の魔眼によって老いることも寿命で死ぬこともなくなった。一〇〇年前にはハルムを撃退している……調べれば調べる程、規格外の化物」


 化物。

 散々言われ慣れた言葉だ。

 人間からも同胞からも、私は対等には扱われない。

 人間たちからは恐怖と侮蔑を、同胞たちからは羨望と同じく恐怖を。

 だけどコイツには言われたくない。

 これだけの惨状を作り出すのは、化物しかしないのだ。


「化物は貴女でしょう? メイスト。我が身可愛さに同胞全てを犠牲にするような奴、化物以外のなんだというの?」


 私は自分の中で、怒りのボルテージが上がっているのを実感した。

 この隠れ集落はたまにしか来ない場所ではあったが、私にしては珍しく他者との交流があった場所だった。

 何人かは顔見知りで、たまに話したりもしていた。

 もちろん私を恐れていた魔女もたくさんいただろうが、それでもこんな目に遭っていい人たちではなかった。

 こんな風に、無残に殺される必要はなかったはずだ。


 私は周囲の血の泉に視線を向ける。

 残った建物にへばりついた肉片を凝視する。

 目を閉じて、この場に残された彼女たちの最後の無念を感じ取る。


「もしかしてやる気? 彼女たちは貴女にとってただの同胞でしかないでしょう? そんなに怒るものかしら?」


 メイストは挑発するように、わざとらしく首を傾げた。

 そう……同胞を全て犠牲にして助かろうとした彼女には分からないことだったわね。


「いいわ。その身に教えてあげる」


 私がそう告げたのを聞き取ったメイストは、すぐさま指を鳴らす。

 これは合図だ。

 彼女とともに、この惨状を生み出した存在への合図。

 そして”彼ら”は空から次々と降ってきた。


「どうして影の魔物を使役できるのかも知りたいところね」

「さあどうしてでしょうね? 私に勝てたら教えてあげる」


 メイストはそう言って一歩下がる。すると、影の魔物たちが彼女を守るように私の前に立ちはだかる。

 十体の影の魔物。

 吸血鬼の成れの果てとはいえ、十体も集まればそれなりに脅威となる。


「おいで」


 私が一言告げると、炎の波が私の周囲を囲ったかと思うと三体のプレグが姿を現した。

 もともと連れていた白銀のオオカミも合わせると、全部で四体のプレグの同時召喚。


「本当に化け物ね。通常なら一体でさえ呼び出せるかどうかの高レベルのプレグを、四体も揃えるなんて」


 メイストは驚愕の表情を浮かべていた。

 さっきまでの余裕が嘘のように消えている。


「私の魔眼による魔法探知を消すために、わざと不思議を密集させたみたいだけどそれは逆効果よ? 知らなかった? 不思議は魔法の原料。高出力の魔法を扱える者がいる場合、不思議の数だけ武器は増えていく」


 私が呼び出したのは、白銀のオオカミの他に、黒いカラス、白い大蛇、金のライオン。それぞれが切り札級のプレグ。

 彼らをそこら辺の使い魔と同じに思わないほうがいい。

 まあ彼女は分かっているようだけど……。


「確か勝てば教えてくれるんだったかしら?」


 私は指を鳴らす。


「力を貸して……」


 一言呟くだけで、四体のプレグは各々勝手に動き始める。

 黒いカラスは天高く舞ったかと思うと、影の魔物に向かって雷を落とし始める。

 影の魔物たちは、雷を躱しながら私に向かって突撃してきた。

 これはメイストの命令だろう。

 使い魔を相手にするより、その術者を倒した方が早いというのは定石だ。


「相手が悪いわよ?」


 私が足で一度地面を鳴らすと、白い大蛇が地面に潜っていく。

 白い大蛇が完全に姿を消した瞬間、地面から視界を覆う程の大量の白蛇が湧き出て影の魔物たちを飲み込み始める。


「なによそれ!」


 メイストが怒りの形相で不思議を集めて天に打ち上げた。

 カラスを狙ったものだろうが、カラスは見事に躱して見せた。

 しかしどうやら狙いはそうではなかったらしい。


「死になさい!」


 メイストが叫ぶと、天から紅蓮の炎が降ってきた。

 まるで火山が噴火したような凄まじい威力。

 逃げ場はない。

 天を覆う業火の濁流は、私に回避を許さない。

 だけど……。


「逃げる必要がない」


 私がそう断言すると、金のライオンが口を大きく開ける、

 すると立派な金のたてがみがそよいで、燃えあがるような熱気を放ち空を睨む。

 金のライオンから放たれた業火の一撃は、メイストの紅蓮の炎を一瞬で飲み込んで消し飛ばす。


「くそ!」


 メイストが右手を私に向けようとした瞬間、私の隣にいた白銀のオオカミが目にもとまらぬ速度でメイストの懐に潜り込み、かざされた右手を噛みちぎった。


「あぁぁぁ!!!!」


 メイストはその場で崩れ落ちて、失った右手をかばい地面をのたうち回る。

 影の魔物たちもすべてプレグたちに殺されてしまった。

 もうメイストには何もない。

 腕も味方も、反撃のチャンスもその気力も……。


「話にならないわね?」


 私は静かにメイストに近づく。

 私の周囲には四体のプレグが控えている。

 なにか動きがあればいつでもやれる距離。

 反撃を許さない構え。


「なんで! ヴァラガンでは互角だったのに!」


 メイストは必死に右手をおさえるが、血は止まる気配もない。

 このまま流血で死ぬだろう。


「互角? 私と貴女が? 確かにあの場ではそうね。だってあんなところで、このレベルのプレグを四体も呼んだら、城がなくなっちゃうでしょう? あそこにはセリーヌも、ついでにシュトラウスもいたのよ。手加減するに決まってるじゃない」


 それに不思議の総量も全然違う。

 私は高火力の魔法を連発できれば誰にも負けない。


「じゃあ答えてもらおうかな?」


 私は苦悶の表情を浮かべるメイストに微笑みかけた。

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