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第十七話 あれから一週間

 私たちがヴァラガンから戻って一週間が経過していた。

 その間私たちが何をしていたかといえば、特に何もしていなかった。


 結局あれからメイストは私の元に姿を現さない。

 この場所が分からないなんてことは無いだろう。

 近隣の魔女たちのあいだでは、私がこの山に引きこもっているのは有名な話で、姿をくらます結界なんてものも張っていないため、来ようと思えば誰だって来ることができる(歓迎するとは限らないが)それでも彼女が姿を現さない理由は分からない。

 この沈黙がやや恐ろしい。


「シュトラウスは本当になにも食べないの?」

「だから我はいらんと言っているだろ!」


 朝っぱらから我が家は騒がしい。

 ちょっと前までは私とセリーヌだけだったのだが、シュトラウスが加わったことでだいぶ賑やかになった。

 セリーヌは最初こそシュトラウスを恐れていたが、今ではすっかり慣れてきている。

 本当に子供というものは適応力が高いというか、そのせいでシュトラウスがいろいろと彼女に絡まれている様を何度も見てきた。

 見ている分には面白いので放っておくと、シュトラウスが目でSOSを放ってくる。


「やめなさいってセリーヌ」


 私は、シュトラウスの口元に無理矢理パンケーキをぶち込もうとしているセリーヌの手を引っ張った。

 シュトラウスの口周りはシロップでベトベトだ。

 ただでさえ貧血のシュトラウスは、無理矢理頭をグラグラ揺らされたせいで相当参っているようだ。


「だってもう一週間もなにも食べてないんだよ?」


 セリーヌは大真面目にそんなことを言い放つ。

 もしかしてこの子、吸血鬼のことをよく分かっていない?


「セリーヌ、吸血鬼は血しか飲まないのよ? 普通の食べ物は食べないの」

「じゃあなんでシュトラウスは血を吸おうとしないの? 前に人間が好きだから吸えないって言ってたけど、このままじゃ死んじゃうよ?」


 セリーヌの中からシュトラウスに対する拒否感はなくなったようだ。

 そういえば、たまに庭でシュトラウスがフラフラしながら弾いているヴァイオリンを観賞してたっけ。


「なにか方法を考えないとね」


 吸血鬼がどれだけの期間、血を吸わないで生きていけるのかは分からないが、彼は魔王クラスの吸血鬼。真祖には敵わないが、それでも相当な戦闘能力を誇っている。

 こんなところで野垂れ死にされても困る。

 彼には私と共にセリーヌを守ってもらわなければならないのだから。


「そうだ!」


 セリーヌはそう言って私の手元から離れて庭に出ていく。

 一体何を思いついたのだろう?

 私は遠ざかる彼女の背中を見送った後、椅子に座ったまま目を瞑っているシュトラウスに視線を移す。

 いよいよ深刻そうな様子。

 青白さに磨きがかかり、青が消えてなくなりそうである。


「この子を使ってもいい?」


 庭から戻ってきたセリーヌが抱えていたのは、食用に育てているウサギだった。

 私の庭は薬のための植物を育てたり、食用の野菜を育てたり、それらをすべて魔法で管理しているため非常に広い。広くても管理ができるため、思いっきり欲望の限り広げているのだが、当然食肉担当の動物も飼っている。

 彼女が抱えているウサギもその一つだ。


「使うって……まさか」

「うん!」


 セリーヌは目を輝かせる。

 魔女である私と長く一緒にいるためか、彼女はたまにやや残酷だ。


「こっちで血抜きするから寄こしなさい」


 私はセリーヌからウサギを奪ってキッチンに向かう。

 ウサギの血抜きはここで何度もやっているが、教育上良くないので見せたことは一度もない。


「じゃあお部屋で待ってるね~」


 セリーヌはいつものように部屋に戻っていく。

 彼女が作れる料理はパンケーキのみなので、それ以外は私がいつも作っていて、傍から見たら親子そのものだろう。


「シュトラウス、あんたこっちにきなさい」

「うん?」


 貧血で頭が回っていないシュトラウスは、素直にふらふらと私のもとにやって来た。


「そのまま口を開けて」

「あーん」


 シュトラウスは本当に何も考えずに口を開けた。

 私は、上を向いたまま口を開けているシュトラウスの真上にウサギを掲げる。

 そして懐からナイフを取り出して、掲げたウサギに突き刺した。

 突き刺したナイフからウサギの体を伝って、大口を開けているシュトラウスに大量の血液がなだれ込む。


「なんだ!?」


 突然の血液に驚きの表情を浮かべながら、シュトラウスはとりあえず全て飲み干した。


「どうなの? 調子は戻った?」


 私は、ウサギの血を全て飲み干したシュトラウスに尋ねた。

 なんとなくだけど、心なしか顔色が良くなっている気がする。


「うーん……。ウサギの血なんて初めて飲んだが、しばらくはふらふらせずに済みそうだな。ただ戦闘は難しい」


 どうやらウサギの血では戦えるまでは回復しないらしいが、日常生活を送るうえでは問題なさそうだ。

 よかった、これでセリーヌも心置きなくシュトラウスで遊べる。


「そう。良かった。それじゃあしばらくセリーヌの遊び相手になっててくれる?」

「え? 我が?」

「だって戦えないのなら仕方がないでしょ?」

「ま、まあそうだけど」

「じゃあよろしくね。私はイリイドの隠れ集落に行ってくる」


 私はそう言って伸びをする。

 ちょっと気合いを入れないといけない。

 一週間も沈黙を守ったままのメイストの動向を探るためにも、一度同胞たちが集まっている隠れ集落に向かう必要がある。


「でもそれじゃ、リーゼのいないあいだにメイストが攻めてきたらどうするつもりだ? 今の我は戦えないぞ?」


 シュトラウスは真っ当に指摘する。

 確かに彼の言う通りで、私は数秒間思考したあと、最適解を導き出した。


「じゃあいざという時はこれを飲んで」


 私は棚にしまってある注射器を取り出し、首筋に突き立てる。

 そのまま血液を注射器いっぱいになるまで吸いだし、そこに不思議を混ぜて劣化しないように加工して渡した。


「それで一回ぐらいは戦えるでしょ? くれぐれも言っておくけど、無駄に飲まないでよ?」

「はいよ~」


 シュトラウスは嬉しそうに、私の血液入り注射器を受け取りポケットにしまい込んだ。

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