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第十五話 乱入者

 ここでこの女を始末する。

 私は心の中で決意した。

 この国ではただでさえ魔女の数が減っているのだ。

 迫害から逃れながら生き延びている同胞たちを、我が身可愛さに殺してまわる魔女など、野放しにしておけない。


「私はあの子さえ守れればそれでいいのだけれど、いずれ私も狙われるのならいまこの場で始末する!」


 私はありったけの不思議を集め、大きく息を吸う。

 周囲の不思議が私の指示通りに走り始める。


「一体何をするつもり?」

「答えは身をもって味わいなさい」


 私がそう告げた瞬間、部屋の中が眩く輝きだす。


「まさか……」

「そのまさかよ! 死になさい!」


 次の瞬間、不可視の不思議に周囲を覆われたメイストは一気に高温に焼かれることになった。

 耳をつんざくような爆発音。

 私の魔法は基本的にはプレグを通してしか行えないが、いくつか例外もある。

 これもその例外の一つ。


 私の魔眼は不思議そのものを生み出し、動かす能力。

 この爆発は魔法ではない。

 不思議が異常な高密度になると発生する現象。

 逃げ場を失った不思議たちは、自身のエネルギーを爆発という形に変えて発露する。


 流石の彼女でもこれは防げないはずだ。


「これでもダメなのね」


 私は落胆した。

 正直これ以上の戦いをしようと思うと、この部屋がなくなってしまう。


「ヒヤッとしたけど、これで完全にハッキリした。貴女は接近戦が苦手でしょう? まあ貴女に限らず魔女なんて大抵そうなんだけどね。本当に殺しやすいったらない」


 炎の中で笑うメイストはよりいっそう恐ろしく見えた。

 いずれこの悪魔が私の喉元に刃を通す日が訪れる。そんな気がした。


「あれで死なないなんて、貴女化物ね」

「こんな高出力の魔法でも科学でもない現象を、一切の予備動作なしで起こしてくる貴女に言われたくはないわね」


 私とメイストはお互いの目を見てニヤリと笑う。

 冷や汗が背中を伝っていく感覚が気持ち悪い。

 ヒリヒリとした命のやり取りなんていつぶりだろうか?


 メイストは焦げ付いた床を蹴って、斧を振りかぶりながら私に迫る。

 とっさのことで反応が遅れた私だったが、白銀のオオカミが私とメイストのあいだに乱入する。

 プレグはメイストの斧に噛みついて首をひねって斧を奪う。


「邪魔をするな使い魔風情が!」


 斧を奪われたメイストはすぐさま別の斧を生成して投擲してきた。

 プレグは飛んできた斧にも反応して食らいつくが、その隙をついてメイストは恐ろしいほどの速度で私に肉薄する。

 右手にはいつの間にか生み出したナイフと、左手には投擲してきたのと同じ斧を持っていた。

 私はバックステップで距離を取りながら、不思議の上に乗って高速で移動する。

 距離を取らなければと思う反面、この部屋の中ではそうもいかない。


「厄介ね」


 私が右手をかざし、二体目のプレグを呼び出そうとしたタイミングで部屋のドアが勢いよく開かれた。


「そこまでだ!」


 声の主はさっきまで偽物として目の前に立っていたギルドマンだった。

 どうやら戦闘の音が激しすぎて目を覚ましたらしい。


「ギルドマン……」

「ちっ! 目覚めたか!」


 メイストは舌打ちして姿勢を正す。

 ギルドマンの周りには、数人の衛兵が槍をこちらに向けて立っている。

 私もメイストも戦う雰囲気ではなくなった。

 特にメイストは随分と大人しくなった。

 てっきりギルドマンを無視して私に斬りかかってくるかと思ったが、そうではないらしい。


「はぁ……私はお前を殺せないギルドマン。国にとって貴重な人材であるお前は殺せないのよ」


 メイストはそう言うと踵で床をノックする。

 すると彼女の周囲に霧が発生し始めた。


「待ちなさい! 逃げるつもり?」

「逃げる? ええそうね。私はこの国お抱えの魔女。この国にとって大事な人材は殺せない。だけど貴女は違うわ、リーゼ・ヴァイオレット。魔女である貴女は、必ずこのメイストが仕留めてあげる」


 それだけ言い残すと、メイストは霧の中に消えていった。


「ふぅ……一体何があったんです?」


 ギルドマンは額の汗を拭って問いかける。

 そうか、彼は記憶がないのだ。

 自分が眠らされて、なりすまされていたことを知らない。


「説明してあげる」


 私は指を鳴らしてプレグを引っ込めると、ギルドマンに全てを説明し始めた。

 メイストがどういう存在か、私が得た影霊事件の真相や、ギルドマンになりすまして情報を抜き取っていたことなど。


 説明を聞きながらギルドマンは頭を抱えていた。

 危惧してたことが半分当たってしまったようなものなのだから仕方がない。

 自分たちに非がないと分かっていても、魔女たちの隠れ家が流出したことは事実なのだ。


「影霊事件の話だけでもけっこうな話なのに、皇帝が魔女狩りを秘密裏に行ってきたとは……にわかには信じられない話です」


 ギルドマンがもっとも頭を抱えたのは、案の定この件だった。

 反応を見る限り、本当にギルドマンには知らされていないらしい。


「それでどうするの? 影霊事件は終わっていない。というより犯人に逃げられてしまったけれど、きっとあの女はまた殺しを再開するわよ? 貴方はどうするのギルドマン?」


 私はギルドマンに問いかける。

 影霊事件の捜査自体、一応終わってはいるのだ。

 犯人も特定した。

 ただ解決はしていない。

 この事件の解決とはメイストの捕縛、もしくはその殺害。


 だから私はギルドマンにどうするか尋ねた。

 彼に皇帝の意志に反する勇気があるかを尋ねた。

 皇帝が秘密裏に行っていることとはいえ、皇帝の意志は魔女の絶滅。

 逆にギルドマンが行おうとしているのは、魔女と人間の共存。


「私は……私は、メイストを捕縛、もしくは殺害する! この街の魔女たちを守る。それが人間たちを守ることにも繋がるからだ!」


 数分の沈黙の後、ギルドマンは胸を張ってそう宣言した。


「そう、わかった。だけどとりあえずギルドマン、お風呂を貸してくれる?」

「え?」


 私の予想外の言葉に、ギルドマンは目が点になった。

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