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第十話 セリーヌの過去

 王城に到着した当日はギルドマンと話した後、資料室兼客間に引きこもって資料を漁ったが特になんの成果もなかった。

 それもそのはずで、ここの資料に目を通したぐらいで何かが分かるのなら、とっくの昔に事件は解決しているはずだからだ。

 しかし何も見つからなかったかと問われれば「違う」と明確に言い切ることができる。


 特に興味深かったのは時間帯だ。

 八件の事件発生時刻はほとんど同じ、午前三時ごろに固まっている。

 人目を避ける目的で深夜に犯行に及ぶのは特に不思議な点ではないと、資料には書いてあった。

 確かにその通りではあるし、資料にはそれでも共通の条項として特記していたところからも、彼らもバカではないのは窺い知れた。

 しかし午前三時、普通の人間がうろつく時間だろうか?

 午前〇時あたりならまだ分かるが、普通の人間は寝ている時間だ。

 こんな時間に起きているのは、なにか普通ではないことをするような者たち。

 つまり私のような魔女ぐらいだろう。

 その点だけでも、たまたま被害者が全員魔女だっただなんていうバカげた可能性は消し飛んだ。

 犯人は間違いなく魔女を狙って襲っている。


 だけど魔女犯人説が有力だとしても、なぜ同胞を襲う?

 メリットを感じない。

 人間VS魔女の構図なら分かりやすいが、魔女VS魔女は意味が分からない。

 私怨の線も考えたが、八人全員に対しての私怨が一人の犯人にあるとは思えない。

 それとも街の外の魔女の犯行だろうか?

 どうやって魔女たちの隠れ家を見つけ出したかが問題だが、ヴァラガンから逃げ出した側が一方的に裏切り者と断じている可能性はあるだろう。


「ねえリーゼ、城の中を冒険したい!」


 思考の海に沈んでいた私を引き上げたのは、セリーヌのつまらないと主張する要望だった。

 まあ確かにこんな部屋に籠っていてもつまらないよね。


「いいよセリーヌ。探検しようか」


 私は立ち上がってセリーヌの手を取る。

 ふとシュトラウスのほうに視線を向けるが、彼は思いっきり眠っていた。

 別に私がついていれば彼はお留守番でも良いか。


 そう思って私たちは資料室から飛び出した。


「ここって結構高いね」


 資料室を飛び出したセリーヌは、真っ先に窓に走っていき外を眺める。

 彼女に続いて窓から外を見ると、ここは四階ぐらいだろうか?

 城そのものがヴァラガンの中でもやや高いところにあるだけあって、この場所から街の様子を見ることができる。

 普段の私たちの生活圏とは違って、人の活気に満ちている。

 窓から外を眺め続けるセリーヌは、楽しそうにずっとニコニコしていた。


「楽しい?」

「うん!」


 楽しそうなセリーヌの背中を見て、私とセリーヌの出会いを思い出した。


 彼女と出会ったのは、ヴァラガンからみて南西に位置するイリイドの森から少し西にズレた港町、カスケードだ。

 港町として機能していたカスケードでは、新鮮な魚介類が比較的安く手に入れられる。

 基本的には自分の森で手に入るもので生活していた私だが、時折町に降りて買い物をする時もあった。


 あの夜もそうだった。

 イリイドの森に存在する魔女たちの隠れ集落を訪れたついでに、買い物をしようと立ち寄ったのだ。

 まだそこまで深夜というような時間ではなかったはずだ。

 月明かりが出始めてすぐだった気がする。

 魚屋で買い物を済ませ、ついでにちょっと高級なワインでも買おうかと店に向かっている途中で、それは起きた。


 町から少し外れた林の中から悲鳴が聞こえたのだ。

 時間も比較的遅かったのもあって、周囲に人がいなかったので私は一人で駆けだした。

 足元の悪い獣道を、月明かりを頼りに走っていくとそれは見えてきた。


 凄惨な光景だった。

 今でも憶えている。

 まさに買いに行こうとしていた赤ワインのような鮮血が水たまりを作っていて、その上に二人分の死体が転がっていた。

 しかしそれらは原形をとどめてはいなかった。

 手足はもがれ、頭はどこかに吹き飛ばされていて、近くにあった木々に血の跡がベッタリとついていた。

 むせかえるような血と死の匂いに包まれた空間に、生存者は二人いた。

 一人は小さな子供だった。

 当時四歳ぐらいだったセリーヌが、呆然と座り込んでいた。

 その時の彼女の表情は、今でもたまに夢に出るほどだ。


 本当の危機やショックを受けた時、まだ小さかったセリーヌの顔は虚無に支配されていた。

 涙は頬を伝っているのに、泣いているわけではないような、そんな顔。

 きっとさっきの悲鳴はこの子だったろうと思った。

 あれが最後の勇気だったのだと、人間らしい感情だったのだろうと、そう思わせるほど悲惨な状態だった。


 そして問題なのはもう一人の方、私は確信したのだ”コイツがやった”のだと。

 血だまりの中で立ち尽くした加害者は、見たことのない怪物だった。

 両肩からはコウモリの翼を生やし、目は赤黒く輝いていた。

 それ以外の詳細は分からなかった。

 暗くて見えないとかではなく、一応人の形を保ってはいるが、その表面は”暗闇”そのものが常に渦巻いていて正体が掴めなかった。

 しかしその纏う不思議の量や、禍々しい気配。

 その翼の存在から”影の魔物”だと理解したのだ。


 影の魔物は吸血鬼の成れの果て。

 私は紫の魔眼の力を発揮させてプレグを呼び出し、セリーヌに迫っていた影の魔物を迅速に、一撃のもとに消し飛ばした。

 そうして私がセリーヌを助けようと近づいた時、うしろから悲鳴が上がった。

 振り返るとカスケードの住民であろう一人の女性が立っていた。


「人殺し!」


 女性は私を指さして叫ぶ。

 意識が虚ろな少女、血の海となった殺人現場に、ただ一人立ち尽くす魔女。

 さきほど魔法を使っているところを見ていたのなら、その魔法が人型の何かを消し飛ばした風にしか見えないだろう。


 人を助けて人殺しか……。

 私はため息とともにセリーヌを抱きかかえ、そのままプレグの背中に乗って空に逃げた。

 あの恐ろしいものを見るような視線、疑惑の視線には慣れていたと思っていたのだけど、それでも気持ちの良いものではない。

 私は弁明を諦めてその場を去ったのだ。




 それから一年かけてセリーヌの感情は元に戻っていった。

 私はあの夜、彼女を助けた瞬間から、私がこの子の親代わりになろうと心に決めたのだ。

 人間なんてどうなっても構わない。

 そう思っていた私でも、目の前で親を殺された少女を見殺しにするほど心は死んでいなかった。

 いま冷静に考えれば、あの時の目撃者に彼女を委ねて逃げても良かった。

 だけどそうしなかった。

 あの時の彼女の表情が、脳裏から離れなかった。

 全てに絶望したような、何が起きたか理解が追いつかない幼い顔。

 そして彼女を世話していく内に、私の心は決まっていった。

 どんなに人間を憎んでいようとも、セリーヌだけは必ず守ると。


「城の外も見てみる?」

「良いの?」

「いいわよ。一緒に行こうか」

「うん!」


 セリーヌは嬉しそうに笑って私の手を握る。

 数々の血に染まった私の手を、純粋な彼女は何のためらいもなく握る。

 私は彼女の笑顔を守るために、心を鬼にすると決めたのだ。

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