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第八話 統括ギルドマン

 十年間で成長したのは建物の高さだけではない。

 街を歩いている住民の持っている物も変化していた。

 服装も随分見慣れないものが出てきたし、バッグや靴だって妙にカジュアルで動きやすそうなものばかり。

 私たちを案内している鎧を着込んだ彼らとのギャップが激しい。


 大都市ヴァラガンの西ゲート入り口から、しばらく歩いていると大通りに出た。

 この西ゲートはどうやら貿易の中心となる出入り口として機能しているようで、大量の貨物を運ぶために蒸気機関で動く大型の機械が行ったり来たりしている。

 その隣の道には、人を運ぶための馬車のような大きさの機械が行き来していた。


「こちらに」


 排魔レパール騎士団のマークのついた機械に乗るように促された。


「これはなんなの?」

「これは蒸気車というものです。蒸気の仕組みを動力としてこの鉄の塊を動かしているのです」


 随分と進歩したものだと思う。

 私が以前に来た時にも、蒸気で動く機械は数台は見かけていたが、ここまで街中に流通するとは思わなかった。

 これが科学の進歩ということなのだ。

 そしてハルムは科学の集まる場所を狙う。

 つまりこの国においては、大都市ヴァラガンがもっとも狙われる可能性が高い。


「うわ~!!」


 蒸気車とやらに乗り込み、私たちは街の中心にそびえ立つ白亜の城に向かう。

 この乗り物は中々の速度を誇っており、セリーヌは完全に夢中となっていた。

 そんなセリーヌとは対照的に、シュトラウスは貧血がいよいよ極まっており、青い顔を浮かべながら吐きそうになっていた。


「大丈夫?」

「大丈夫に見える?」

「見えないけど?」

「それが答えさ」


 ちょっとカッコつけた言い回しをして、そのまま目を閉じてしまった。

 たぶん気を抜くと吐きそうなのだろう。

 そっとしておこう。


「ようやくついたか……」


 蒸気車に揺らされること小一時間、私たちはようやく白亜の城門の前に到着した。

 シュトラウスはほとんど瀕死の状態で車から降りてきた。

 いまにも吐きそうなシュトラウスからあえて目をそらし、私とセリーヌは天まで届きそうな白亜の城を見上げる。

 首が痛くなるほどの高さだ。


「この先です」


 案内の騎士が城門の脇からこちらに駆け足でやってきた。

 どうにも見覚えのある禿げ頭。

 よくよく顔を見れば、昨日手紙を持ってきた禿げ頭だった。


「またお会いできて光栄ですリーゼ様」


 禿げ頭は恭しく片膝をつく。

 なるほど彼が私に妙に礼儀正しいのは、私のことを前にも見たことがあるからなのだろう。

 他の騎士たちに比べると歳を食っているはずだ。

 そうでなければあんなに禿げるはずがない。


「こちらこそ。同じ人が来てくれた方が安心ね」


 私はそう言って、禿げ頭の手を取って立ち上がらせる。


「貴方、名前は?」


 私が彼の名前を尋ねると、聞かれた本人もセリーヌも、シュトラウスでさえ驚いた様子で硬直する。

 いったいどうしたのだろう?

 変なことでも言った?


「リーゼが人間に名前を求めた!?」


 この中で一番付き合いの長いセリーヌが驚きの声を上げる。

 そんなに変だっただろうか?

 まあ、いままで彼女の前で人に名前を尋ねたことなど無かったかもしれないけど。


「別に良いでしょ!? これからいろいろ絡むだろうし、名前を知らないとやりづらいだけ」


 私は何故か必死に弁解する羽目になった。

 でも本心ではある。

 騎士団の中でおそらく彼は階級が上なのだろう。

 だからこそ私への使者に抜擢されたに違いない。


 ヴァラガンから私の住む森まで、魔物を退けながら進むことができ、尚且つ私への援助要請を問題なく行える人物。


「お褒めにあずかり光栄です。自分は排魔レパール騎士団の騎士団長をさせていただいております、ビクトール・ローゼンと申します。以後、お見知りおきを」


 ビクトール・ローゼン。

 ちょっと待って! ローゼン?


「貴方、彼の……」

「なんです?」

「リーゼ?」


 ビクトールとセリーヌが不思議そうに私を見る。


「いえ、何でもない。さあ行きましょう」


 私の言葉に納得したビクトールは城の中に向かって歩き出す。

 セリーヌはその後に続いて、好奇心の赴くままに城の門あたりを走り回っている。


「あの禿げの名前になにか?」

「アンタには関係ないでしょ」

「冷たいね~我とお前はもう家族ではないか」

「冷たいのはアンタの体よ、貧血コウモリ。それに家族じゃない」


 私はそこだけは否定して歩き出す。

 ビクトール・ローゼン。

 百年前の戦いを思い出す。

 当時の私の……。


「リーゼ! 早く!」


 セリーヌの声がして、私は考えるのをやめた。

 いまは思い出に浸ってる場合じゃない。

 この城の中で、ギルドマンが私を待っているのだ。




 異様に広い庭を横断した私たちは、無事に城内に入ることができた。

 鉄製の大きなドアが蒸気の力で開くと、中は意外なほどに質素な部屋だった。

 もっと豪華な飾り付けやインテリア、近代的な技術が待っていると身構えていたのだが、これは少々想定外だ。


 石畳の床に、飾り気のない無機質な鉄の壁。

 かろうじてシャンデリアは存在するが、それ以外煌びやかなものは存在しない。

 これはギルドマンの趣向なのだろうか?


「この先です」


 てっきり城の最上階にでも構えているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 最上階どころか、一階で待っているとは思わなかった。

 権力者とは高いところを好むものだと思っていたのだが、ギルドマンはそこらへんの権力者とは毛色が違うようだ。


「統括、リーゼ様一行をお連れしました」

「入ってくれ」


 返事が聞こえたと同時に、ビクトールはドアをあける。

 中には、廊下よりは色使いのちゃんとした部屋が待っていた。

 赤いカーペットに金色の刺繍。

 国旗を模したテーブルクロスのかかった長テーブルの左右に、椅子が並ぶ。

 その奥には大きめの窓があり、綺麗に整えられた庭がよく見える。


「十年ぶりですリーゼ・ヴァイオレット」


 ギルドマンらしき青年は、恭しく一礼する。


「私はあまり憶えていないけどね、ギルドマン。私にとって人間たちはほとんど同じに見えるの」


 ギルドマンは人の良さそうな青年だった。

 二十歳で統括になって十年、いま三十歳になった彼はそれでも統括としては若すぎる。

 彼は私が出会ってきた権力者たちの中でも、もっとも謙虚で質素な青年だった。

 小綺麗に整えた黒髪は短く切り揃えられ、さわやかな青色のシャツにベージュのベストを着込んでいる。

 足元は動きやすくて頑丈な黒いブーツ。


「それは残念です。ですが憶えて頂けるように努力しますよ」

「別にそこまでしなくてもいいのでは? 私に解決してもらいたい案件があって、それを解決してしまえば終わりでしょう?」


 私はあくまで今回だけの関係を強調した。

 ハルムが私を狙ってくれば当然排除するが、それ以外で人間と戯れる趣味なんて持ち合わせていない。


「いまはそれでも構いませんよ。それより本題に入っても?」

「もちろんよ」


 私たちはお互いに席に着いた。

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