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第七話 大都市ヴァラガン

 空を覆う魔物たちを蹴散らし、私たちは大都市ヴァラガンを視界にとらえる。

 本当に久しぶりに来た気がする。

 大都市ヴァラガンは、真人帝国エンプライヤ領土内の、やや西側に位置する機関都市だ。

 貿易の中心地として、国中のありとあらゆる技術や物品、人の往来が盛んなまさに大都市。


「このまま空から行くのか?」

「まさか。ちゃんと降りるよ」


 数刻前に魔物の群れを蹴散らしたシュトラウスが尋ねてきた。

 せっかく私の血を分け与えてあげたというのに、もう顔色が悪くなりつつある。

 燃費が悪すぎる。


「来るの初めて!」

「セリーヌ一人じゃ来れないんだから当たり前でしょ」


 セリーヌにツッコミを入れ、私たちは大都市ヴァラガンの外壁の前に着陸する。

 私が指を鳴らすと、カラスのプレグは煙を立てて消えていった。


「ここで並ぶのか?」

「そうよ。ここで通行許可証を見せなくちゃいけないの」

「そんなの持ってるのか?」

「十年前に貰ったのがあるわ。使えれば良いけど……」


 やや不安になる。

 十年前の許可証なんて使えるのだろうか?

 そんな気持ちと共に、私たちは列に並んで順番を待つ。


 同じく列に並んでいる者たちは、誰もかれもが私たちに好奇の視線を送る。

 可愛らしい少女と、貧血で真っ青な金髪の少年。そこにドレスを着込んだ女性が並んでいれば、否応にも目立つというもの。

 しかし時間が経つにつれ、好奇の視線は少しずつ変化する。

 私の前に並んでいたおばさんが私の瞳を見て悲鳴を上げた。


 人間は笑い声は気にしないのに、悲鳴には過敏に反応する生物だ。

 当然周囲の視線は私に集まる。

 そして私の瞳を見て、蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまう。


「私は何もしないのに……」


 久しぶりに大勢の人間たちに囲まれ、恐れられる感覚。

 蔑んだ視線の中に混じりあう恐怖の心。

 そうだこの視線だ。

 人を人とも思わない視線。


「あんた! 魔女ね!」


 最初に悲鳴を上げたおばさんが、周囲の人間が味方だと理解したのか強気に私を指さす。

 そうだそうだこの感覚だ。

 久しく忘れていた。

 さっきまで怯えていたくせに、数で勝ると知ると途端に態度を変えるこの醜悪さ、醜さ。 私はこういうのに辟易して街から離れたんだった。


「やめて! リーゼは良い魔女だもん!」


 周囲の人間たちが騒ぎだした時、セリーヌが私の前に出て震える声で叫んだ。

 人間たちはセリーヌの言葉に一瞬だけ静まり返るが、またすぐに騒ぎだす。


「お嬢ちゃん、あんたは魔女に呪いをかけられているんだ!」

「もしかしたらこの子も魔女なのか?」

「子供の姿をすれば私たちが油断すると思っているのか!?」


 今度は標的をセリーヌに向けて野次を続ける。


 そうか、私と一緒にいるとセリーヌまでこんな扱いを受けるのか。

 まるで彼女が人間ではないかのように、そんな態度をとり続けるのか!


「黙れ!」


 私は一喝する。

 思わず周囲の不思議を消費して声を増幅させてしまった。

 今度こそ、本当に周囲は静まり返った。


 さっきまで私たちを指さし、蔑む視線を浴びせ続けた愚か者どもは、揃いも揃って硬直する。

 誰もかれもが恐怖を目に浮かべ、私の次の行動を待っていた。

 なんだ? 私が暴れまわるとでも思っているのか?

 それも良いかもしれない。

 実際、やろうと思えば簡単にそれは叶うのだから。

 でも……。


「私のことはどれだけ蔑んでもらっても構わない。好きなだけバカにして、好きなだけ差別して、好きなだけ嘲笑しようが構わない。恐れたって構わない。この紫の魔眼を持って生まれたというだけで、魔女として生を受けたというだけで、私を恐れて遠ざけたいのならそうすればいい。だけど、彼女は違う。セリーヌは魔女じゃない。魔眼もないし、魔法も使えない。料理だってパンケーキしか作れないし、お掃除は苦手なただの可愛い女の子です。皆さんと同じ人間です!」


 私は勢いで言い切った。

 堰を切ったように流れ出した言葉は、全て不思議により増幅され、ヴァラガンに入る手続きをしていた者たち全員に聞こえていた。

 すると当然ではあるが、ヴァラガンに入る手続きをしている門番たちにも聞こえていたわけで……。


「一体何の騒ぎだ!」


 私たちを囲んでいた民衆を押し退けて、門番たちがやってきた。

 彼らはただの門番ではなかった。

 その格好を見れば一目瞭然だ。

 排魔レパール騎士団の鎧を着込み、胸には国の紋章が輝いている。


「私はリーゼ・ヴァイオレット。昨日お前たちからの救援要請を受けてやってきた」


 私は堂々と答えた。

 何も嘘は言っていない。

 周囲の人間たちは門番と私たちを見比べ、困惑していた。

 それもそうだろう。

 さっきまで罵倒していた対象が、実は街からの要請でやってきた客人だとすれば気まずいのだ。


「貴女様がリーゼ・ヴァイオレット様でしたか! ご無礼をお許しください」


 門番たちは綺麗な敬礼を見せる。

 私の名前を統括から聞いているのだろう。


「こちらへどうぞ。統括の元に案内します!」


 門番がそう言うと民衆は一斉に道を開ける。

 そのままスタスタと歩いて行く。

 門を通過して大都市ヴァラガンに入る。

 相変わらず広い。


「広ーい!」


 セリーヌは目を輝かせて街を見渡す。

 この子がヴァラガンに来るのは恐らく初めてだ。

 私がセリーヌを保護する前のことは分からないが、保護してからはほとんどあの家で一緒に暮らしてきた。


 街をキラキラした目で見渡して興奮するセリーヌとは裏腹に、私のやや斜め後ろで気ダルそうに歩いているのはシュトラウスだ。


「疲れすぎじゃない?」

「この晴天の空の下、貧血の吸血鬼がはしゃいでいたらおかしいだろ?」

「まあそれもそうだけど……でもさっき私の血を飲んだじゃない? あれでは足りないわけ?」

「ほとんど戦闘で消費しちゃったしな~だからいまはこの姿に戻って消費を抑えているのさ」


 シュトラウスは自虐的に笑う。

 私はかける言葉を失い、視線をセリーヌに移す。

 彼女は物珍し気に街をグルグル見ているが、私から見てもこの街は目を引く。


 十年前に足を踏み入れた時と比べるとえらい違いだ。

 単純に科学技術が進歩している。

 街には綺麗に整備された道路が規則正しく並び、その上を蒸気を発しながら走る機械が行き交っている。

 建物の背丈は明らかに伸びていて、ここから見えるはずのお城が見えなくなっていた。

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