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第五話 三人でお出かけ

 騎士団の禿げ頭たちが帰った翌日、私は出かける準備に取り掛かる。

 手紙の通りなら、陸路は危険なので空からヴァラガンに向かおうと思う。


「セリーヌ、変じゃない?」


 私は姿見の前に立って尋ねる。

 一応偉い人に会うのだから、多少は身なりにも気を使わなくてはいけない。


「リーゼはいつも綺麗だよ? それより、私はこの格好のままで行けばいいの?」


 セリーヌはさらりと私を褒めて流し、自分の格好のことを尋ねてきた。


「え? セリーヌはお留守番よ?」

「え!? あたしも行きたい!」


 困ったことになった。

 セリーヌが駄々をこね始めてしまった。

 どうやら彼女は行く気満々で、小さなバッグにハンカチやらなにやら詰め込んでいる。


「残念だけど危ないからここでシュトラウスとお留守番してて」


 私は彼女にそう告げた。

 残念ながらそれが一番だ。

 そのためにシュトラウスをここに置いているわけだし、彼の名前を縛ってセリーヌに危害は加えられないようになっている。


「やだ! 行きたい! それに、シュトラウスと二人っきりは嫌だ!」


 見ればセリーヌは涙目で訴えていた。

 そうか、行きたいというより残されたくないという気持ちの方が強いのだ。

 彼女は吸血鬼が、シュトラウスが恐ろしいのだろう。


「……分かった。じゃあ連れて行くから、シュトラウスも呼んできて」

「それには及ばない」


 私がしぶしぶ了承してシュトラウスを呼ぼうとした時、廊下のほうから声がした。

 視線を向けると、青白い顔にさらに磨きがかかったシュトラウスが、廊下を這ってここまでやって来ていた。

 金髪の少年が青白い顔で廊下を這ってくるというのは、中々にホラーな光景だった。


「なんかよりやつれてない?」

「心配するな。ただの貧血だ」


 いや、心配はしていないが……。

 しかし一つ疑問が出てくる。

 こんな状態のコイツは、一体どうやってセリーヌを守るつもりなのだろう?


「そんな状態で魔物に襲われたらどうやって戦うつもり?」

「…………」

「ちょっと、黙らないでよ。セリーヌを守れないなら、家で置いておく意味なんてないんだけど?」


 シュトラウスは黙ったまま涙を流し始めた。

 嘘みたいな量の涙を流しながら、青白い顔のまま廊下に伏せていた。

 なんというかいたたまれない気持ちになってしまう。

 情にほだされるなんてことはないが、これだけ弱った吸血鬼を外に放り出すのは気が引けた。


「はぁ。分かったから二人とも出かけるよ」


 私はため息をついて諦める。

 これでは守る対象が二人に増えたようなもんじゃないか。


「街で人を襲わないでよ?」

「だから人の血は吸えないんだって!」

「なんで?」


 昨日ははぐらかされたが、今度は答えてもらう。

 これから一緒に戦いに赴くのだ。

 できるだけお互いのことは知っておきたい。


「笑わないか?」

「笑わないよ」


 私は心に誓う。

 人のトラウマや決意を笑うほど落ちぶれちゃいない。


「我は人間が大好きなのだ。好きすぎて、血を吸おうと思うと吐き気がして吸えない」


 私は一瞬あっけにとられた後、大声で笑い出してしまった。

 シュトラウスの「酷い!」という声が聞こえた気がしたが、こればっかりは許して欲しい。

 もっとおぞましい過去を想像していたものだから、まさかの理由についつい笑ってしまった。


「ごめんごめん。あまりにも意外な理由だったもんだから」

「酷い女だな貴様は!」

「うるさいよ貧血コウモリ」


 私は返す言葉で揶揄すると、とりあえず落ち着きを取り戻してドアノブに手をかける。


「二人とも行くよ」


 私が庭に出ると、セリーヌはダッシュで後をついて来て、シュトラウスはかったるそうにノロノロとあとをついてきた。

 日差しが眩しい青空の下、嫌われ者の魔女と貧血の吸血鬼が並んで立っている様は滑稽だ。


「おいで……」


 私は魔眼の効力で溢れている不思議を凝縮してプレグを呼ぶ。

 呼び出したのはこの前と同じ巨大なカラスだ。

 カラスの背に乗った私は、セリーヌを膝の上に座らせて落ちないように抱きしめる。

 シュトラウスはカラスの背の後の方に陣取り、背後を警戒すると言って寝息を立て始めた。


「飛んで」


 指示の通り空に舞い上がった巨大なカラスは、木々が小粒に見えるまで上昇してヴァラガンの方角に向かう。

 雲の合間を縫って進むカラスは、地上からはほとんど見えないだろう。

 うまく行けばこのまま何も起きずにヴァラガンに到着できる。


「ちょっと飽きてきた」


 セリーヌが不満を口にする。

 確かに景色がずっと変わらないまま、すでに二時間が経過している。

 風を切るのは気持ちが良いが、それが二時間も続くとただの苦痛となる。


「もう少しだから我慢して」

「……はーい」


 セリーヌは渋々といった様子で返事を返す。

 私がホッとしたのも束の間、大きな影が私たちを覆った。


「何?」


 とっさに上空を確認すると、無数の魔物が空から私たちを見下ろしていた。

 何匹いるか分からないが、とりあえず数が凄い。

 一匹一匹は大きさもそれほどだろう。

 ちょっと大きな鳥程度の大きさしかないが、問題なのはその風貌だ。


 鳥のくせに鱗が生えており、ここからでは逆光なのもあってよく見えないが、嘴の先が異様に尖っている気がする。

 羽は七色に輝き、纏っている不思議の量から言っても到底普通の鳥ではない。


「ちょっと厄介ね」


 私はため息をつく。

 自由に動けない上空で、お荷物を二人抱えた状態で戦うのはリスクがありすぎる。

 それに地上に降りようにも、下には下で獣型の魔物の気配がする。

 下手に地上に降りて両方から襲われてはたまらない。


「ここは我に任せよ」


 背後からの声に振り向くと、貧血のシュトラウスが目をグルグルさせながら立ち上がった。

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