騎士団の禿げ頭たちが帰った翌日、私は出かける準備に取り掛かる。
手紙の通りなら、陸路は危険なので空からヴァラガンに向かおうと思う。
「セリーヌ、変じゃない?」
私は姿見の前に立って尋ねる。
一応偉い人に会うのだから、多少は身なりにも気を使わなくてはいけない。
「リーゼはいつも綺麗だよ? それより、私はこの格好のままで行けばいいの?」
セリーヌはさらりと私を褒めて流し、自分の格好のことを尋ねてきた。
「え? セリーヌはお留守番よ?」
「え!? あたしも行きたい!」
困ったことになった。
セリーヌが駄々をこね始めてしまった。
どうやら彼女は行く気満々で、小さなバッグにハンカチやらなにやら詰め込んでいる。
「残念だけど危ないからここでシュトラウスとお留守番してて」
私は彼女にそう告げた。
残念ながらそれが一番だ。
そのためにシュトラウスをここに置いているわけだし、彼の名前を縛ってセリーヌに危害は加えられないようになっている。
「やだ! 行きたい! それに、シュトラウスと二人っきりは嫌だ!」
見ればセリーヌは涙目で訴えていた。
そうか、行きたいというより残されたくないという気持ちの方が強いのだ。
彼女は吸血鬼が、シュトラウスが恐ろしいのだろう。
「……分かった。じゃあ連れて行くから、シュトラウスも呼んできて」
「それには及ばない」
私がしぶしぶ了承してシュトラウスを呼ぼうとした時、廊下のほうから声がした。
視線を向けると、青白い顔にさらに磨きがかかったシュトラウスが、廊下を這ってここまでやって来ていた。
金髪の少年が青白い顔で廊下を這ってくるというのは、中々にホラーな光景だった。
「なんかよりやつれてない?」
「心配するな。ただの貧血だ」
いや、心配はしていないが……。
しかし一つ疑問が出てくる。
こんな状態のコイツは、一体どうやってセリーヌを守るつもりなのだろう?
「そんな状態で魔物に襲われたらどうやって戦うつもり?」
「…………」
「ちょっと、黙らないでよ。セリーヌを守れないなら、家で置いておく意味なんてないんだけど?」
シュトラウスは黙ったまま涙を流し始めた。
嘘みたいな量の涙を流しながら、青白い顔のまま廊下に伏せていた。
なんというかいたたまれない気持ちになってしまう。
情にほだされるなんてことはないが、これだけ弱った吸血鬼を外に放り出すのは気が引けた。
「はぁ。分かったから二人とも出かけるよ」
私はため息をついて諦める。
これでは守る対象が二人に増えたようなもんじゃないか。
「街で人を襲わないでよ?」
「だから人の血は吸えないんだって!」
「なんで?」
昨日ははぐらかされたが、今度は答えてもらう。
これから一緒に戦いに赴くのだ。
できるだけお互いのことは知っておきたい。
「笑わないか?」
「笑わないよ」
私は心に誓う。
人のトラウマや決意を笑うほど落ちぶれちゃいない。
「我は人間が大好きなのだ。好きすぎて、血を吸おうと思うと吐き気がして吸えない」
私は一瞬あっけにとられた後、大声で笑い出してしまった。
シュトラウスの「酷い!」という声が聞こえた気がしたが、こればっかりは許して欲しい。
もっとおぞましい過去を想像していたものだから、まさかの理由についつい笑ってしまった。
「ごめんごめん。あまりにも意外な理由だったもんだから」
「酷い女だな貴様は!」
「うるさいよ貧血コウモリ」
私は返す言葉で揶揄すると、とりあえず落ち着きを取り戻してドアノブに手をかける。
「二人とも行くよ」
私が庭に出ると、セリーヌはダッシュで後をついて来て、シュトラウスはかったるそうにノロノロとあとをついてきた。
日差しが眩しい青空の下、嫌われ者の魔女と貧血の吸血鬼が並んで立っている様は滑稽だ。
「おいで……」
私は魔眼の効力で溢れている不思議を凝縮してプレグを呼ぶ。
呼び出したのはこの前と同じ巨大なカラスだ。
カラスの背に乗った私は、セリーヌを膝の上に座らせて落ちないように抱きしめる。
シュトラウスはカラスの背の後の方に陣取り、背後を警戒すると言って寝息を立て始めた。
「飛んで」
指示の通り空に舞い上がった巨大なカラスは、木々が小粒に見えるまで上昇してヴァラガンの方角に向かう。
雲の合間を縫って進むカラスは、地上からはほとんど見えないだろう。
うまく行けばこのまま何も起きずにヴァラガンに到着できる。
「ちょっと飽きてきた」
セリーヌが不満を口にする。
確かに景色がずっと変わらないまま、すでに二時間が経過している。
風を切るのは気持ちが良いが、それが二時間も続くとただの苦痛となる。
「もう少しだから我慢して」
「……はーい」
セリーヌは渋々といった様子で返事を返す。
私がホッとしたのも束の間、大きな影が私たちを覆った。
「何?」
とっさに上空を確認すると、無数の魔物が空から私たちを見下ろしていた。
何匹いるか分からないが、とりあえず数が凄い。
一匹一匹は大きさもそれほどだろう。
ちょっと大きな鳥程度の大きさしかないが、問題なのはその風貌だ。
鳥のくせに鱗が生えており、ここからでは逆光なのもあってよく見えないが、嘴の先が異様に尖っている気がする。
羽は七色に輝き、纏っている不思議の量から言っても到底普通の鳥ではない。
「ちょっと厄介ね」
私はため息をつく。
自由に動けない上空で、お荷物を二人抱えた状態で戦うのはリスクがありすぎる。
それに地上に降りようにも、下には下で獣型の魔物の気配がする。
下手に地上に降りて両方から襲われてはたまらない。
「ここは我に任せよ」
背後からの声に振り向くと、貧血のシュトラウスが目をグルグルさせながら立ち上がった。