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断章「真珠湾奇襲」

 日本時間にして、昭和十六年十二月八日未明。

 オアフ島北二百七十マイルの位置に、大艦隊が浮かんでいた。

 空母六隻、戦艦二隻、重巡洋艦二隻、軽巡洋艦一隻、駆逐艦九隻の二十隻。

 その威容を艦隊旗艦、航空母艦赤城あかぎの艦橋から眺めながら艦隊司令の南雲なぐも 忠一ちゅういち中将は呟いた。

「よくぞ、ここまでもってきた」

 思えば、択捉えとろふ島を出航を出航してからの十三日間。実に三千マイルもの隠密行であった。

 万に一つも他の海軍に発見されてはならない。

 その道程を忠一率いる第一航空艦隊は見事に成し遂げた。

電離思考管でんりしこうかんを起動しろ」

 すでに大本営からの攻撃命令「日高山ニイタカヤマノボレ、一二〇八ヒトフタマルハチ」との電報を二日五時に受診している。

 これは十二月八日に攻撃を仕掛けろ、という符牒だ。万一暗号が解読されても意味が分からないように、事前に符牒を決めてあるのである。

 忠一の指示に従い、一斉に第一航空艦隊を構成する艦船の電離思考管、即ちプラズマインドスフィアが起動する。

 驚くべきことに、第一航空艦隊は太平洋を渡る十三日もの間、プラズマインドスフィアを使わずにここまで来ていたのだ。

 プラズマインドスフィアは便利だが、同時にその波形を敵にキャッチされる恐れがある。それ故、潜水艦などは潜水中、プラズマインドスフィアを停止させることもある。

 だが、これほどの大艦隊がその全てのプラズマインドスフィアを停止させ、艦隊行動をするなど、プラズマインドスフィアが導入されてから二十年、前代未聞のことであった。

 艦隊行動は艦隊同士の密な連携が不可欠であり、それを簡単に実現するにはプラズマインドスフィアによる短距離通信が最も手軽な方法であった。

 しかし、ヨーキィ達アメリカ海軍が凪いだ暖かい海で慣熟訓練や演習をしている間、大日本帝国海軍は波の荒い本州沿岸や千島列島の内側や外側を行動し、訓練をしていた。

 訓練を指揮した末次すえつぐ 信正のぶまさ提督は一週間不眠不休の訓練に当たらせたことから「月月火水木金金」という表現で有名で、アメリカには後に「七日」という異名で伝わっている。

 後世の評価では、この時点では海軍の練度は大日本帝国海軍の方が上だったともされる。

 故に、大日本帝国海軍は手旗信号などの既存の海軍信号のみを用いて艦隊行動を取り、隠密航行を実現することが出来たのである。


 そうして、八日の早朝。

 既に上空には護衛のために飛び立った四十三機の零式艦上戦闘機が旋回し、赤城の飛行甲板上では第一次攻撃隊の爆装した九七式艦上攻撃機四十九機が、エンジン音を響かせて発進命令を待っていた。

「君達の出番だ。存分にやってくれ」

 忠一は驚くほど短い訓示をパイロット達に投げかけた。

「発艦始メ」

 そう言って、忠一が告げると、激しく揺れる艦上から次々に九七式艦上攻撃機が飛び立っていく。

 各空母から第一次攻撃隊、計百八十三機が飛び発ち、忠一はその様子を最後の一機が見えなくなるまで祈るように見送り続けた。


 オアフ島を視認した頃、赤城飛行長の淵田ふちだ 美津雄みつお中佐は全軍の行動を監視していると、陣形変更の信号弾を発射したにも拘らず、制空戦闘機が続かないことに気づいた。

 美津雄はもう一度信号弾を発射すると、制空戦闘機がようやく行動を開始した。

 制空戦闘機が行動を開始したのを確認すると、自身も先頭をきって、オアフ島の上空へと進出していった。

 ところが、ここで一つ錯誤があった。

 信号弾を二つ発射するというのは「作戦を急襲に変更する」という意味を持っており、翔鶴飛行長の高橋たかはし 赫一かくいち少佐は、二発の信号弾を目撃してしまっていた。

 本来、雷撃機が先に突入してから爆撃機が突撃するのであるが、「急襲作戦」となると、そこを真っ先に突撃する必要があった。

 間も無く、先に偵察のために偵察機を放っていた重巡洋艦筑摩の人格モデルから報告が入る。

「こちら筑摩。在泊艦は戦艦十、重巡一、軽巡十。真珠湾の天候は風向き八十度。風速位十四メートル。敵艦隊上空の雲高千七百メートル、雲量七であった。幸運を祈る」

 また、同時に重巡洋艦利根の人格モデルからも通信が入る。

「ラハイナ泊地には敵艦隊はいませんでした」

「ふむ、やはり空母はおらんな」

 美津雄は残念そうに呟いた。

 前日の時点で、真珠湾からレキシントンが消えたという報告は受けていた。今回の作戦最大の目的は空母を叩くことであったが、それは叶いそうにない。

 こうなると真珠湾にいる戦艦へ攻撃を集中する他ない。

 雲は次第に薄らぎ、切れ目が多くなっていく。

 真珠湾上空はカラリと晴れ、オアフ島北西の谷を通して真珠湾の全景が見えてきた。

「隊長、真珠湾が見えます!」

 銃座の大尉の報告を受けて、美津雄もまた、双眼鏡を手にじっと目を凝らした。

「いるな」

 フォード島を取り巻いている戦艦が見えた。アメリカ戦艦の特徴である籠マストまではっきり見える。

「総飛行機あてに発信だ。全軍突撃せよ」

 美津雄が伝声管に口を当てて叫ぶ。

 通信を担当する兵曹が指でキーを叩き、簡単な略語〝トトトトト〟を繰り返した。

 全軍突撃を意味する符牒である。

 時に日本時間午前三時十九分の事である。


 全軍突撃の指示を受け取った赫一は急襲が指示だと誤解したまま、五十三機の爆撃機を二手に分けて、片方をフォード、ヒッカムの飛行場へ、もう片方をホイラー飛行場へ向かわせた。

「えぇ、どうして急降下爆撃機隊がもう攻撃を始めているの!?」

 航空母艦翔鶴しょうかくの人格モデルは自身のプラズマイクロスフィア搭載機を通して、その様子を見て困惑する。

 だが、攻撃を開始するとなると出遅れるわけにはいかない。翔鶴はプラズマイクロスフィア搭載機を操り、赫一の爆撃機隊に続く。

 一斉に爆撃機が急降下を始め、飛行場を爆撃していく。


 突撃を指示した美津雄はオアフ島の西側を迂回し、西南のバーバース岬に差し掛かっていた。ここには飛行場があり、有力な高射砲陣地があるとの話であった。

 だが、発砲の閃光が上がらなかった。

 上空にあるのは日本戦闘機ばかり、空中戦闘は起こりそうにないし、地上からの対空砲火発砲の閃きすら見えない。奇襲は成功である、と美津雄は確信した。

「甲種電波で艦隊に当てて発信。〝ワレ奇襲ニ成功セリ〟いいか、電信機の状態を運と良くして、東京へも到達するつもりでやれ」

「はい」

 美津雄の言葉に通信を担当する兵曹が頷き、キーを叩く。

 時に午前三時二十三分。奇襲成功の符牒「トラ・トラ・トラ」が赤城と、そして広島湾の連合艦隊旗艦長門ながと、そして東京の大本営までも直接届いた。


 その頃。

 ハワイ時間で十二月七日のこと。

 エンタープライズはハワイ西方約320kmの地点にいた。

 この時、エンタープライズは通例に倣い、フォード島上空に向けて偵察用の爆撃機を発進させていた。

 偵察の通例通り、情報伝達の速さを鑑みて、エンタープライズのプラズマイクロスフィア搭載機がこの偵察を担っている。

 そして、エンタープライズの爆撃機はフォード島上空に到達する。

「どういうことだ。味方機に対空射撃をするなんて陸軍は気が狂ったか」

 既に対空砲火の上がり始めており、その様子にエンタープライズの偵察隊に同行していた航空参謀のブロムフィールド・B・ニコル少佐は思わずぼやいた。

「対空演習をするなどとは聞いていませんが」

 ブロムフィールドの言葉にエンタープライズも首を傾げる。

 そこは日本の戦闘機が山ほどいる魔境であった。

 状況把握すら出来ないまま、エンタープライズの爆撃機は日本の戦闘機から攻撃を受けた。

「な、何をしているのです!? こちらは味方です」

 それを敵機、日本機だと咄嗟に認識できず、エンタープライズは味方に攻撃を仕掛けられたと思い込み悲鳴を上げる。

 直後、エンタープライズの通信手が真珠湾からの電信を告げる。

「airraid on pearlharbor x this is not drill。とのこと。平文です」

 それは日本語に訳せば「真珠湾空襲さる ※これは演習ではない」と言ったところであろうか。

「まさか、日本が真珠湾を直接攻撃してくるなんて。姉さんが平和の歌を歌った真珠湾を!」

 エンタープライズがそれでようやく状況を理解し、怒りを露わにする。

 エンタープライズは有人機にフォード島の飛行場に着陸するように誘導しつつ、自身の操る爆撃機で戦闘機に対し応戦を始める。

 とはいえ、爆撃機では戦闘機にまともな反撃は望めない。

 この過程で、エンタープライズは自身の操る爆撃機を六機喪失し、その代わりに、零式艦上戦闘機を二機撃墜した。

「提督に意見具申。敵空母を捜索しましょう。エンタープライズ単艦でも攻撃すべきです」

 エンタープライズは怒りに任せて提督に告げた。

 提督のウィリアム・ハルゼー・ジュニア中将はこれを承認。全力で日本艦隊を捜索したが、発見出来ず。

 見事にアメリカは日本から一方的な奇襲により大きな損害を受けた。

「大日本帝国……。よくも姉さんの歌を汚しましたね。絶対に許しません。私達は真珠湾を忘れないリメンバー・パールハーバー

 エンタープライズの言った、その言葉は二日後には新聞に載った。

 こうして、この日はアメリカ人にとって忘れられない日となったのであった。


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