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第10話「真珠湾、初ライブ」

 一九四一年。

 ヨークタウンは「Fleet Problem XXI」以降、ハワイ海域を防衛するため、真珠湾を母港とし、ハワイ海域で主な作戦行動をしていた。エンタープライズも同じく真珠湾を母港としており、相変わらず姉妹仲良く会話しながら、日々を過ごしていた。

 ライブをするというのが決まったのもあり、ヨーキィは「ライブまだかなー」が口癖となっており、ライブという目標が消失したことで、再びちょっと怠惰に戻ってしまったため、エンタープライズは日々呆れる生活をしている。

 そして、二月五日。

「これからこの艦を指揮することになった。エリオット・バックマスターです。よろしく」

 先代艦長がヨークタウンを降り、新たにエリオット・バックマスター大佐が艦長としてヨークタウンに乗艦してきた。

「はいはーい、よろしくー、私、ヨークタウンの人格モデル、ヨーキィ! 歓迎に歌って踊るね!」

 飛行甲板の上でクルー達に挨拶したエリオットに対し、ヨーキィは元気一杯に宣言し、歌って踊り始める。

 すっかりヨーキィのファンとなっている多くのクルー達は手拍子で応える。

「ヨーキィと一緒に戦う〜。嵐の夜も恐れずに〜」

 それに気を良くしたヨーキィはさらに元気一杯に歌って踊る。

「フォード島にいた頃から噂には聞いていたが、これはすごいな……」

 エリオットは突然始まったヨーキィのリサイタルに驚きを隠せない。

「というわけで、ヨーキィでした。よろしくね、あ、それとそっちにいるのは専属整備士のフレデリック。共々よろしく〜。フレデリック、代わりに握手して」

「あ、はい。フレデリックです。よろしくお願いします、バックマスター艦長」

「あぁ、よろしくお願いするよ。グリフィン機関士」

 苦笑しながら、エリオットがフレデリックが差し出した手を握り返す。

「さて、早速だが諸君らに初任務を与える」

 エリオットはクルー全員を見渡し、宣言する。

「一ヶ月後、三月五日にヨーキィのライブを執り行う。場所はここヨークタウンの飛行甲板の上だ。当日までに皆で協力してここにステージと観客席を作れと司令部は仰せだ」

 既に告知は始まっている。遅延は許されない。とエリオットは続ける。

 こんな指示を聞いてくれるものだろうか、とエリオットは内心半信半疑だったが、機関長のジャックが「よっしゃ、ヨーキィのためにいっちょ一肌脱ぐぜ!」と宣言すると同時、クルー達から大きな歓声が上がり、エリオットはホッと息を吐いた。

「本当に彼女はクルーから慕われているんだな。いや、どの人格モデルも同じか」

「艦長はこれまでも人格モデルと交流したことが?」

「まぁね。駆逐艦や戦艦が殆どだが、レキシントンレックスの副長を務めたこともあるよ」

「へぇ……」

 艦長の経歴に頼もしいものを感じ、頷くフレデリック。と、そこに。

「フレデリック! 何喋ってるの、準備するよ準備! 私、実体ないんだから、しっかり働いてよねー」

「はい、ただいま!」


 それから、一ヶ月。フレデリックは艦内のクルーの中で誰よりもヨーキィに散々こき使われた。

 ここまでの数年の「我が世の春」の反動のような忙しさで、それはすごく大変で、しかし、とても充実した日々だった。

「出来たー!」

 三月四日の夜。

 歓声したライブ会場を前にヨーキィが嬉しそうに両手を上げて叫ぶのと、フレデリックが倒れるのは同時だった。

「えへへ、ありがとうね、フレデリック。これで私、最高のライブが出来ると思うよ!」

「はい。ヨーキィさんが喜んでくれて、嬉しいです……」

 その時のヨーキィの残した笑顔は過去最高のものであり、そしてフレデリックの知る限りこの先もない最高のものであった、とフレデリックは後に自らの手記に残している。


 そして、ライブ当日の三月五日。

「うぅ、緊張してきたよぉ」

 朝、ヨーキィは青い顔をしていた。

「だ、大丈夫ですよ。ここまで練習してきたじゃないですか」

 フレデリックが励ますが、ヨーキィの青い顔は治らない。

「はは、本当に緊張しいだな、ヨーキィ!」

 そこに、ヨーキィの楽曲を生演奏するためのバンドメンバーがやってきた。

 誰が来るのかはヨーキィも聞かされておらず、今、対面したメンバーを見て、ヨーキィは驚いた。

「嘘。ルイ! 実際に会えるなんて!」

 そこにいたのはヨーキィの文通相手であるルイ・ダニエル・アームストロングと彼のバンド、ホット・ファイヴであった。

「こちらこそ、敢えて嬉しいよ、ヨーキィ」

 手を差し出すルイにヨーキィはフレデリックを呼びつけ、フレデリックに握手させる。

「君がフレデリックか。話は聞いているよ」

 と笑うルイに、どんな話を聞かされているのやら、とフレデリックは少し怖くなる。

 ルイの登場というサプライズにより、ヨーキィの緊張は吹き飛んだ。ちなみにこれはフレデリックとジャックが相談して決めたことであった。


 軽いリハーサルを踊った後、ついに本番のライブが始まる。

 飛行甲板の中心に作られたステージを囲うように作られた観客席は観客でいっぱいになっていた。

 そこにはちょうど今月からNBCにより試験的に始まっているNTSC方式のテレビ中継まで来ていた。

「マインドスフィアが心に〜。希望の光灯す〜」

 ヨーキィの歌声が、観客と、そしてテレビ中継を通じてアメリカ全土へと広がっていく。

 その歌声はヨーロッパから近付く戦争の足音に怯える人々を慰めるのに十分であった。

「みんな、アメリカはきっと大丈夫! だって、この私と妹と、そして仲間達が守るから!」

 それを理解してかたまたまか、ヨーキィは聞いている人々にそう宣言して、それを締めの挨拶とした。

 こうして、ヨーキィ念願のライブは、ヨーキィという名前がアメリカ中に知られる最初の出来事となったのであった。


 それからほどなくして、ヨーキィは大西洋へ再び移動することになった。

 ドイツの潜水艦Uボートによる英国船舶の撃沈が相次ぐこととなったため、アメリカ商船などから不安の声が上がり、そこで、是非あのライブをしていたヨーキィに守ってほしい、という声が多く上がったのである。

 自分を求められたヨーキィは意気揚々と真珠湾を出航。パナマ運河を抜け、久しぶりにノーフォーク海軍作戦基地に戻ってきたのであった。

「ジョゼフ・J・クラークであります。これよりヨークタウンの副官としてよろしくお願い致します」

 それと同時に、新たに副長としてジョゼフ・J・クラーク中佐を招き入れることとなった。

 ところが、これがヨーキィにとってはよくなかった。

 早くから航空戦略を学び、航空士官からたたき上げで今の地位まで登ったジョセフにとって、近年になってから航空戦略を学び始めたエリオットのような人間は「キーウィ」と呼ばれ、嫌悪の対象であった。

 そして、困ったことに多くのパイロットがジョセフの方に同調したのである。

 クルーはにわかにエリオット派とジョゼフ派に別れ、亀裂が入ろうとしていた。

 その亀裂が入り内部でバラバラになってしまいそうな艦内をなんとか一つにまとめているのがヨーキィであった。

 多くのクルーのヨーキィ愛は健在であり、クルーはヨーキィ愛によりなんとか一つに纏っている状態であった。

 ヨーキィは再びクルーを一つにするため、東海岸でもライブをしたい旨を上達した。

 だが、その願いが叶うことはなかった。

 十二月七日。大日本帝国がハワイ真珠湾を攻撃したのである。

 空は炎に染まり、ハワイの海が揺れる。ヨーキィの歌声に震えた真珠湾は今、雷撃と爆撃の爆音によりかき消されようとしていた。

 後に太平洋戦争と呼ばれることになる。日米の戦争が、今始まろうとしていた。


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