「周辺海域に敵影なし」
ヨーキィが堂々と宣言する。
一九四〇年四月。ヨークタウンはエンタープライズと共にフィリピン沖からハワイへ向けて航行を開始していた。
Fleet Problem XXIは太平洋上で行われていた。
ヨーキィ達、黒チームはフィリピン沖から侵攻する役割だ。ハワイやグアムを防衛する白チームを出し抜き、ハワイやグアムを攻撃する必要がある。
黒チームの指揮官を務めるチャールズ・P・スナイダー提督は敵を出し抜く作戦とし、艦隊を分割することを提案。
艦隊決戦を想定しているであろう白チームを惹きつける役目を持つ艦隊と、その間にハワイの前線基地を攻撃する役目を持つ艦隊とである。
ヨークタウンとエンタープライズはハワイの前線基地を攻撃する役目を担い、敵の警戒艦隊に発見されないように周辺海域を警戒しながら艦隊を進めていた。
「姉さんも索敵が上手になってきましたね」
「えぇー? そうかなー」
エンタープライズからの短距離通信にテレテレしながら、ヨーキィが偵察用に展開していたプラズマイクロスフィア搭載爆撃機を甲板上に着艦させていく。
「でもさ、エンターちゃん。ドイツが戦争を始めたんでしょ? 対抗演習は前みたいに大西洋でやった方が良くない? なんで太平洋でこんなことしてるの?」
ヨーキィは自分の疑問をエンタープライズにぶつける。
「そうですね。ヨーロッパでは今、第二次世界大戦とでも言うべき戦いが始まっています。これまで多くの人間は『我々はクルックス人とは違う』、などと言っていましたが、これでは三回も世界大戦をしたクルックス人を笑えませんね」
ヨーキィの最初の問いかけにエンタープライズが軽く笑う。
「姉さんもある程度の世界情勢は勉強しているようですね、感心です。我が国アメリカも第二次世界大戦の影響を警戒し、大西洋を『中立パトロール』として警戒しています」
「うんうん。今回の対抗演習が参戦艦艇が大幅に縮小されているのも、その影響なんだよね?」
「はい。多くの艦艇が大西洋に行っている為、太平洋にいる艦艇はあまり多くありません。それでもそのほとんどがこの対抗演習に参加しているのですから、規模としては決して無視出来るものではありませんが」
ヨーキィがちゃんと勉強しているらしいことにエンタープライズは気を良くしながら返事をする。
「じゃあなんで太平洋でこんな演習するの? やっぱり宇宙人の侵略を警戒してるの?」
「は? 宇宙人?」
だが、その気分良くしていたのもそこまでだった。
「うん。太平洋に敵国はいないでしょ? じゃあ宇宙人なのかなって。あ、もしかして宇宙人を知らない? オーソン・ウェルズとか聞いたことない?」
「聞いたことありません! 大日本帝国を知らないんですか? 日露戦争以降、日本と我が国は中国を巡って緊張状態にあり、今、日本は中国に侵略中なんですよ」
「えー、日本って太平洋の端っこにある小さな島国だよね?」
「そんなこと言ったら、イギリスだって島国ですよ、国の大きさと国力は一致しません。アメリカは日露戦争以降、オレンジ計画といって、対日戦争計画の研究を欠かせたことはないんです。この対抗演習も新オレンジ計画に則って、日本が初撃でフィリピンへ侵攻してきて、占領された場合、その後にハワイやグアムを防衛出来るかを検討するためにあるんですよ」
「そうなんだ。日本か……」
ヨーキィは半ば無意識的に日本のある西の方へ視線を向ける。
「つまり、今の私達は大日本帝国海軍ってことだね」
「そうですね」
「大日本帝国がアメリカ領であるフィリピンから出撃するなんて、なんだか不思議な感じ」
「えぇ、現実になって欲しくない話ですね。……! 十時方向、長距離に艦影」
「あー、またエンターちゃんに先に発見されちゃったよー」
そう言いながらヨーキィは艦長とやり取りしてから、プラズマインドスフィアの短距離通信で艦隊を構成する艦艇の人格モデル達に航路を右方向へ修正する旨の連絡を送り、艦隊を右方向へ迂回させる。
「囮艦隊から暗号を受信。『我が艦隊はラハイナ沖で敵主力艦隊と交戦状態に入れり』とのこと」
ヨークタウンの通信長であるクラレンス・レイ少佐から報告が投げかけられる。
「我々の攻撃目標である前線基地まではまだ距離があります。急がねばなりませんね」
「そうなの? 航続距離を見る限りではそろそろ攻撃して帰ってくるだけの十分な距離を確保出来そうだけど」
エンタープライズの言葉にヨーキィが首を傾げる。
「人間の乗る艦載機ならそうですが、我々の操る艦載機はそうはいきません。距離が遠くなればなるほど、操る私達への負荷が大きくなってしまいます。私はもう少しすれば搭載された爆撃機と雷撃機の全てを制御可能な距離になりますが、姉さんはまだ厳しいでしょう?」
「う……確かに、私はまだエンターちゃんほどの数を長距離飛ばせないかも……」
艦載機をどれくらいの距離どれくらいの数飛ばせるかはそのプラズマインドスフィアの熟練度により変わってくることが分かっている。というより最初のテストケースであるヨークタウンのデータをエンタープライズが努力で大幅に上書きしたことで判明した。
しかし、艦隊決戦を想定した白チームの主力艦隊は艦隊を二分した黒チームの囮艦隊よりも多いはずで、あまり長い時間の時間稼ぎは望めない。
まして、数が少ないことに気付かれればこちらの意図に気付かれてしまう可能性すらある。
「いや、このままだと奇襲が失敗する可能性があるよ。ここまでずっと特訓してきたんだ。やるしかないよ」
「姉さんにしては冷静な分析です。しかし、失敗すれば艦載機を失います。艦載機喪失は評価が減点される可能性が高いです。そうなればライブの夢は消えてしまいますよ」
「でも、奇襲が失敗したらその時点で評価は望めなくなる。無茶する価値はあると思う」
そのヨーキィの言葉からはいつもと違う真剣な色が見えた。
「姉さん……。分かりました。やりましょう。姉さんから意見具申してください」
「うん」
エンタープライズの言葉にヨーキィは頷き、一度通信を切る。
「艦長、ヨーキィから意見具申!」
「なんだね?」
ヨーキィの言葉に艦長が応じる。
「ヨーキィさん?」
いつになく真剣な表情なヨーキィにフレデリックが首を傾げる。
「間も無くエンタープライズのプラズマイクロスフィア搭載機が全機、目標を攻撃可能な距離に入ります。ヨークタウンもそのタイミングで全機を発艦させて、攻撃を開始することを提案します」
「そんな、確かにエンタープライズさんは優秀だから可能そうですが、ヨーキィさんはエンタープライズさんほどの数、距離を飛ばせないじゃないですか」
ヨーキィの提案にフレデリックが反論する。
「これまでエンターちゃんと特訓してきたの。今日はその成果を見せる。確かに全ての雷撃機と爆撃機を長距離飛ばすのはこれが初めてだけど。やって見せる。だから、艦長、お願いします」
「やれるんだな?」
「はい」
艦長がヨーキィをまっすぐ見つめ、ヨーキィはその視線を逸らさずに強く頷く。
「意見を承認する。エンタープライズに通達。攻撃部隊の発艦用意を」
ヨーキィが直接操る攻撃部隊を先頭に多数の爆撃機と雷撃機、そして護衛の戦闘機がハワイの前線基地へ近付いていた。
「見えた!」
目標の前線基地には軍艦が数隻停泊しているのみだ。
接近する攻撃部隊に気付いたのだろう基地が警報を鳴らし、停泊していた軍艦が対空戦闘を用意しながら出航してくる。
「我々の目的は軍港への艦隊到達です。まずは軍艦を無力化しますよ」
「オッケー!」
エンタープライズの言葉にヨーキィが応じる。
「いっくよー、みんなー!」
ヨーキィが士気高揚のために歌唱を始める。
「よーし、ヨーキィに続くぞ!」
第五爆撃隊のサム・アダムス大尉がそう言って、彼が開発に携わった爆撃手法であるアメリカ海軍式急降下爆撃のためにエアブレーキを展開しながら、艦艇に向けて急降下を始め、爆撃機達がそれに続く。
爆撃を回避しようと進路を左右に変える軍艦の左右にヨーキィとエンタープライズの操る雷撃機が魚雷を投下し、軍艦の真上で綺麗に右と左に旋回して衝突を回避する。
左右から迫る魚雷に軍艦は回避が出来ず、撃沈判定となる。
完全なる奇襲により、瞬く間に前線基地は撃沈判定の艦艇のみとなり、続く爆撃機の攻撃により、基地の設備も破壊判定を受けていく。
この連絡を受けた、白チームの主力艦隊は慌てて踵を返すが、黒チームの本命艦隊はその間に悠々と前線基地へと入港したのであった。
「やったよー、エンターちゃーん、私やったよー」
「よく頑張りましたね、姉さん」
明らかなその功績にヨーキィは見事ライブの約束を取り付けることに成功した。
それ以上に、この驚くべき結果は、アメリカ海軍に大きな衝撃も与えた。白チームの指揮官を務めたアメリカ艦隊司令長官でもあるジェームズ・リチャードソン提督は慌てて「艦隊が航空攻撃に対して脆弱な状態に置かれることになる」として、真珠湾の現在の防空網の欠陥を指摘した。
しかし、この失敗はジェームズの失策と判断され、ジェームズは解任。
諸説あるが、アメリカは後に起きる衝撃的な真珠湾の悲劇を防げたかもしれない機会を失ってしまったのであった。