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第7話「大統領、お願いします」

 ヨーキィとエンタープライズがひとしきり戯れあった……と言うよりはヨーキィが一方的にエンタープライズに構いまくった後、キリと顔を引き締めたエンタープライズが言う。

「今回、姉さんが旗艦を務める第二空母部隊は黒チームに配置されていますから、白チームの侵攻から、バミューダ諸島以西を守らねばなりません」

 と、エンタープライズ。

 「Fleet Problem XX」は黒チームと白チームに分かれ、バミューダ諸島以西の拠点、バミューダ、バハマ、西インド諸島などを防衛、あるいは侵略するのが目的となる。

 ヨーキィやエンタープライズが所属する第二空母部隊は黒チーム。即ち、防衛側である。

 こちらの裏をかき、白チームが侵攻してくるのを防ぎ、守り切る必要がある。

 この演習にはヨーロッパからの侵略者——例えば最近オーストリアを併合したドイツなど——が大西洋に出てきた場合に、それを押し留めるのにどれくらいの戦力が必要かを占う目的がある。

 ちなみに、ヨークタウンは第二空母部隊の旗艦……、つまり、部隊の長を務める必要があった。

「えぇー、もう作戦の話ー? もっと親睦を深めようよー。あ、そうだ、私の歌とダンスみていってよ」

 だが、そんなエンタープライズの様子がヨーキィには気に入らないらしく、駄々をこねるように呟く。

「当たり前です。作戦まではもう一時間を切っているんですよ。大体……なんですって? 歌と……ダンス?」

 エンタープライズが堂々と語るが、途中でヨーキィの放った言葉の持つ違和感に気付き、思わず怪訝そうな顔で聞き返す。

「そうだよ。私はこのヨークタウンのスターなのだ! ね、フレデリック?」

「はい。ヨーキィさんの歌とダンスは艦内で評判なんですよ」

 ヨーキィの宣言にフレデリックが頷く。

「スター……? ね、姉さん、分かっていますか? 私達は兵器ですよ。戦うために作られたのです、なのに歌やダンスなどと俗な遊びに……。大体、そこのあなたは姉さんの専属整備士でしょう、なにを平然と現状を受け入れているのです」

 ビシッとエンタープライズがフレデリックに指を突きつける。

「いやぁ、僕も最初は困惑しましたけど。今ではヨーキィさんの歌は艦内の士気の維持に欠かせないものになってますし。今となっては僕も休みの日に歌声が聞けないと少し寂しい気がしたりするというか……」

 しどろもどろ、とフレデリックが答える。

「フレデリック! そんな風に思ってくれてたんだー」

 嬉しそうにヨーキィがフレデリックの周囲を踊る。

「あぁ、僕はつい余計なことをー」

 フレデリックが慌てて頭を掻きむしるが、ヨーキィの嬉しそうな顔は変わらない。

「わ、私の姉とその専属整備士がこんな有様だなんて……」

 エンタープライズが頭痛がする、と自分の頭を抑える。

「と、ともかく。今回の演習を視察するヒューストンには大統領も乗っていらっしゃるのです。無様な真似は晒せませんよ」

「あ、エンタープライズさん、そんなこと教えたら」

「え? 大統領がフィールド内にいるの? なら会いにいかなきゃ!」

 フレデリックが慌ててエンタープライズの言葉を遮るがもう遅い。ヨーキィはパッとジャンプしてその場から姿が消える。

「なっ」

「あぁもう。失礼致しました」

 エンタープライズは手早く略式の敬礼をして、その場から姿が消える。


 ヒューストンの艦橋。

「わぁ、本当にいた!!」

 突如として、ヨーキィが出現する。

「な、なんだ!?」

 海軍作戦部長のウィリアムが人格モデルの思わぬ行動に驚愕する。

「はじめまして、ルーズベルト大統領! 私、ヨークタウンの人格モデル、ヨーキィ! 海軍のスターになるのを目指してるの!」

 そう言って、くるりと華麗なターンを披露する。

「あの、私、一般人も招いてのライブをやりたいんです!! でも私、ヨークタウンの艦内から動けなくて。ヨークタウンの艦内に一般人を招く許可を頂けませんか?」

「あ、あぁ」

 ウィリアムの隣に座っていたフランクリン・ルーズベルト大統領も怒涛のようにワッと言葉を浴びせるヨーキィの言葉に思わず圧倒される。

「え、演習とはいえ作戦行動中だぞ、ヨークタウン。何をしている!」

 ようやく目の前の事象に理解が追い付いてきたウィリアムがヨーキィを叱責する。

「すみません、うちの姉が本当にすみません!」

 そこにエンタープライズが出現し、素早く状況を理解すると、やはり素早く頭を下げる。

「ほら、姉さん。演習が始まりますから戻りましょう」

「えー、まだ大統領の返事を聞いてない。あ、私の曲を聴いていきますか?」

「姉さん!」

 エンタープライズが必死で取り成そうとするが、ヨーキィは動じる様子がない。

「お前達、私の顔に泥を塗るつもりか?」

 ヒューストンが可能な限り笑顔を崩さないようにしながら、二人を睨む。

 艦隊旗艦を務め、大統領や少将クラスの人間を艦に載せたこともあり、「大統領のヨット」との愛称も持つヒューストンは——実際には揶揄として使われているのだが——それに誇りを持っており、提督と大統領を載せている現在、自身の艦内でトラブルが起きるのを望まない。

「ね、姉さん……。ここでトラブルを起こしても良い印象は抱いてもらえませんよ」

「むぅ、それはエンターちゃんの言う通りかも……。けど、ライブ……」

「ほ、ほら姉さん。演習で活躍すれば、きっと大統領も姐さんに注目してくれるはずですよ」

「! そうか!」

 エンタープライズが必死で絞り出した言葉の一つにヨーキィが反応する。

「大統領! 私、演習頑張ります! だから、見ていてくださいね!」

「あぁ、それはもちろん」

 ヨーキィの言葉に、フランクリンが頷く。

「では!」

 ヨーキィが再びジャンプして姿を消す。

「失礼致しました」

 エンタープライズは最高礼の敬礼をしてから、姿を消す。

「ふむ。人格モデル。以前はもっと軍人然した者が多かったが、最近はなかなか個性豊かで面白いものだな」

 その凸凹姉妹の様子を見て、フランクリンは少し面白そうに頷くのだった。

「確か、あのヨークタウンを命名したのはうちの妻だったか……」

「はい。そうです」

 フランクリンの言葉にウィリアムが頷く。

「であれば無関係とも言えないな。しかし、ライブか……」


 その後のヨーキィは目覚ましい活躍をした。

 その活躍は的確に偵察と攻撃を成し遂げたエンタープライズには勝てないものの、大きく周囲の人々から注目を浴びるには十分であった。

「エンターちゃんはすごいねぇ」

 演習は終わり、エンタープライズに短距離通信で語りかけるヨーキィ。

「これくらい当然です」

「すごい妹で私も鼻が高いよ」

「私は姉さんが変な人で頭が痛いです」

 そんなエンタープライズの率直な言葉にもヨーキィはあはは、と陽気に笑う。

「それでさ、エンターちゃん。次の妹はいつ就役するの?」

「はい? ヨークタウン級は姉さんと私だけですよ」

「え?」

 お互いがお互いの言っていることが分からず聞き返す。

「姉さん、『ワシントン海軍軍縮条約』を理解されていないのですか? ヨークタウン級が設計された当時、空母を作るのには合計排水量十三万五千トンまでと決まっていて、ヨークタウンが設計された時点で、二万五千トンクラスの空母は二隻までしか作れる余裕はなかったんです。だからヨークタウン級は二隻しかつくられません」

「そうなの!?」

 ショックだった。ヨーキィはこれからたくさんの妹に囲まれてライブをする光景を意識していたのだ。

「まぁ、今はもう軍縮条約は失効していますが、今からなら恐らくヨークタウン級の設計開発運用の経験を元にした新しい空母が設計されるはずですから、私達の妹になることはないでしょうね」

 そのために姉さんはたくさんデータを取られたんでしょう? とエンタープライズに言われると、ヨーキィもなるほど、と頷くしかない。

「そんなぁ、妹ちゃんー」

 嘆くヨーキィ。


 ハンプトン・ローズに戻ったヨーキィの元に新たな指令が届いた。

 一週間以内にパナマ運河を通過して太平洋艦隊に合流せよ、と。

 その後はサンディエゴを拠点とし、翌年の「Fleet Problem XXI」に備えよ、と。

 そこで好成績を収めれば、ヨーキィのライブを検討する、と。

「やったぁ!」

「よかったですね、ヨーキィさん」

 喜ぶヨーキィにフレデリックも嬉しそうに頷く。

「よーし、がんばるぞー!」

 ヨーキィはやる気だった。きっとライブを実現する、と。

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