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第2話「その名は、ヨーキィ」

 進水から翌年の一九三七年九月三十日。

 ついにヨークタウンは艤装を完成させ、ノーフォーク海軍基地にて就役した。

 就役したヨークタウン、その最初の仕事は、アメリカが世界で初めて開発した「プラズマイクロスフィア」と呼ばれるプラズマインドスフィア技術を応用した新技術の慣熟訓練であった。

「ほーい」

 ヨークタウンが腕を振ると、その腕の先で、戦闘機が綺麗な編隊飛行で空を飛んでいた。

 プラズマイクロスフィアは簡単に言うと、プラズマインドスフィアの機能を限定的に縮小し、なんとか航空機に搭載しようとしたものだ。

 これには搭載機に人格を与えるほどの機能は有していないが、搭載機全体の制御を掌握する程度の機能を有しており、母機となるプラズマインドスフィアと「シンクロ」することにより、プラズマインドスフィアの人格モデルがその機体を制御出来る、という次第である。

 つまり、ヨークタウンはその艦全体の制御に加え、航空機の制御までを任された形だ。

 ヨークタウンはノーフォーク海軍作戦基地を出てすぐのハンプトン・ローズ、バージニア岬沖でこの航空機の訓練を行っていた。

「うーん、結構集中しないと難しいなぁ」

 艦載機達を飛行甲板に着艦させながら、ヨークタウンは汗を拭くような動きをとる。

「操れるのは先ほどくらいの数が限界ですか、ヨークタウンさん」

 ヨークタウンに気に入られたことで、就役後もヨークタウンの担当役を任せられた整備士、フレデリックが問いかける。

「もー、フレデリックー。私のことはヨーキィって呼んでってばー!」

「そうでした、ヨーキィさん」

 就役し、多くのクルーと交流を持ったヨークタウンは、自分の艦艇が「ヨーキィ」の愛称で呼ばれていることを知った。

 それ以来、ヨークタウンはヨーキィと呼ばれることを望んだ。以降は本書でも本人の意向を重視して、彼女のことはヨーキィと呼ぶことにする。

 ちなみに、人格モデルが本体とは異なる名前で呼ばれる、と言う事例は同じ空母だけでみても、「レックス」の愛称で知られる「レキシントン」や「サラ」の愛称で知られる「サラトガ」などがおり、決して珍しい事例ではないため、多くの人々に素早く受け入れられている。

「それで、ヨーキィさん。操れる数は先ほどくらいが限界ですか?」

「うん、しかも遠くなればなるほど集中力は高める必要がありそうだよ」

「では、上が望んでいるような完全無人化は無理そうですね」

 プラズマイクロスフィアの欠点はそうは言ってもまだまだ大型な事で、航空機に搭載する場合、コックピットを完全に封鎖する必要があった。

 このため、艦艇制御において標準化されているように「普段は人格モデルが制御し、必要に応じて人間も操る」と言うような分担は不可能だった。

 このため、アメリカ上層部は艦載機を全てプラズマイクロスフィア搭載機に置き換え、海軍パイロットの数を削減することを考えていた。

「無理無理無理無理。防空も攻撃も護衛も、全部、この私が一人でしなきゃってことでしょ? そんなことしたら、プラズマインドスフィアが焼き切れちゃうよ」

 慌てたように、ヨーキィが首をブンブンと横に振る。

 艦載機には多くの役目がある。空母や艦隊を敵航空機から守る「防空」、敵艦隊や敵基地を攻撃する「攻撃」、その攻撃する艦載機を敵航空機から守る「護衛」、などだ。

 その全てを一人で担うのはあまりに困難である。加えて、ヨーキィには艦艇そのものを制御する役目もあるのである。

「でしたら、やはり、マイクロスフィア搭載機と通常機を両方用意するしかないようですね。伝えておきます」

 この決定は多くの海軍パイロットにとって嬉しいものだった。彼らにとって、プラズマイクロスフィア搭載機の普及は自らの失職可能性に等しかったためだ。


 しばらく後、ヨークタウンの格納庫にはプラズマイクロスフィアを搭載しない通常機も搬入されるようになり、ヨーキィの慣熟訓練は単独での飛行制御から、他の有人機との連携訓練に切り替わっていった。

 訓練はそれなりに大変だったが、それ以外の時間は比較的のんびりした時間が多かった。

 朝食はカフェテリアスタイルで、誰もが地方新聞やラジオ新聞を読む時間があった。

「やっほー、みんなおはよう〜」

「ヨーキィ、おはよう」

 食堂にヨーキィが出現し、一同に挨拶すると、食事をしている者も、新聞を読む者も、新聞の順番待ちをしている者も、一様にヨーキィに返事をする。

 世界戦争——後に第一次世界大戦と呼ばれる戦争のこと——以来の二十年。船乗りである海兵達にとって、もはやプラズマインドスフィアの人格モデルと共に生活するというのは常識に近く、また陽気で親しげなヨーキィは、それなりに慕われていた。

 昼休みにはソフトボールやバスケットボールが楽しまれた。

「私も参加したーい」

 などとヨーキィが無茶を言って船員とフレデリックを困らせた挙句、気を利かせた船員に審判を任せられ、ノリノリで審判を楽しむなどという一幕もあった。

 その日以来、ヨーキィは船員がスポーツを始めると、審判をしにすぐにその場に現れるようになった。

 夕食の前後にはソーダ・ファウンテンでアイスクリームを楽しむ船員もいた。こちらも、ヨーキィが自分も食べたい、と地団駄を踏んだのは言うまでもない。

 夕食後はプライベートな時間だ。船員は図書館で本を読んだり、娯楽室でトランプゲームをしたり、映画を見たりしていた。

 ヨーキィのお気に入りは映画だった。

「今晩はどんな映画かなー」

 と、ヨーキィは口癖のように呟いていた。

 フレデリックを自分の手足代わりに娯楽室のトランプゲームに参加したこともあったが、フレデリックの手間の割に、ヨーキィはあまり楽しくなかったようである。

「読み合いとか難しいこと分かんないよー」

 フレデリックは自分を使われることなく済んで、安堵したという。

 けれど、フレデリックにとって一番困るのは、仕事中以外のヨーキィは艦内を自在に瞬間移動することで、フレデリックはこれについて行くのに艦内を走り回る羽目になった。


 翌年一月。充分に艦載機の制御や有人機との連携が成立したのを確認すると、ヨークタウンにカリブ海へ出航するように命令を受けた。

 ヨーキィは初任務に心躍らせながら、ノーフォーク海軍基地を出航した。

 これは所詮慣熟のための航海であり、極めて退屈な任務だった。

 けれど、ヨーキィはそんな中で一つの娯楽に出会った。

 それは、船員の一人が持ち込んだレコードプレイヤーから聞こえる音楽だった。

「歌って言うんだ! すごい!! フレデリック! 私、歌って踊れるスターになりたい!」

「えぇ……」

 ヨーキィの無茶振りをいつも作り笑顔で聞き流していたフレデリックもこの発言には困惑を隠せなかった。

 ノーフォーク海軍工廠に帰ってきた三月六日。おおよそ三ヶ月の船旅の間に、ヨーキィは当時の艦内に持ち込まれていたレコード盤の流行歌をほぼ諳で歌えるようになっていた。

 そして、十月までの七ヶ月の修理と調整の間に、ヨーキィは驚くべき行動力を発揮しようとしていた。

 勿論、そのための手足として使われるのはフレデリックである。



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