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第1話「ヨークタウン、進水」

 時は一九三六年四月四日。アメリカはバージニア州ノーフォーク海軍基地。

 ここはかのセオドア・ルーズベルト大統領が、世界一周に船出するグレート・ホワイト・フリートGWFを見送った軍港として有名である。

 そんな軍港で、もう一人のルーズベルトこと、現大統領フランクリン・ルーズベルトの妻であるアナ・エレノア・ルーズベルトがシャンパンの瓶を掲げていた。

 その先にいるのは船台に載せられている一隻の航空母艦。

 船台が斜めに傾き、海に向けて進み始める。

 そんな航空母艦の先端にエレノアがシャンパンの瓶をぶつける。

「ヨークタウンと命名します!」

 海に浮かぶ航空母艦を指して、エレノアが宣言する。

 同時、艦艇に搭載されたプラズマインドスフィアが起動し、人格モデルが甲板上に出現する。

「ヨークタウン、その名前、拝命致しました」

 長いプラチナブロンドの髪をワンサイドアップにして、青をアクセントにした白い海兵セーラー服を身に纏った少女が海軍式の敬礼をする。


 こうして、後にワルツを踊るマチルダワルチング・マチルダと言う愛称で知られる事になる空母ヨークタウンはアメリカ海軍五隻目の空母として進水した。

 五隻目と言っても、一隻目から三隻目までは改造艦か違う艦種として設計されていたものを変更されたものであり、設計段階から空母として作られた制式空母はヨークタウンが二隻目である。

「けど、量産を前提として作られた制式空母はこのヨークタウンがアメリカ初!」

 それがヨークタウンの自慢だった。

 これから何人もの「妹」が生まれてくるのだ、と。

 現にこの時点でヨークタウン級——一般に艦艇は同型艦を最初の艦艇の名前に級や型とつけてまとめる——の艦艇がヨークタウンの起工から二ヶ月ほど遅れて一隻、起工していた。

 少なくとも自分にはあと一人、妹が出来る。長女として頑張らないと、とヨークタウンは思っていた。


「ねーねー、艤装ってのはまだ終わらないのー?」

 ただ、その辺の真面目さは最初の数ヶ月保つか保たないか、と言った程度だった。

「そうですねー、まだあと一年近くはかかるかと……」

 艦艇とは、進水して早速軍に配備されるわけではない。

 進水式はあくまで船体が完成したことを祝って行われるものであり、内燃機関や室内外の各種装備を装着する「艤装」はまだ進水の後に行われる。

 ヨークタウンは今、この艤装の真っ最中であり、ヨークタウンは大変に退屈していた。

 本来、プラズマインドスフィアもこの艤装のタイミングで行われるため、プラズマインドスフィアの人格モデルが工場内で退屈する、と言うケースは珍しい。そもそも、主機を搭載していなければ、艦内に電力を供給する事が出来ず、電力設備であるプラズマインドスフィアは起動する事が出来ない。

「大体さー、なんでわざわざ外部電力を使ってまで私のプラズマインドスフィアを起動したままにしとくのさー」

 当然の疑問である。ヨークタウンも過去に尋ねたことがあった。

「一つは象徴です。初の量産型制式空母の進水にあたって、その進水式にプラズマインドスフィアの人格モデルを登場させたかったそうです」

「ふーん、要は政治的な理由だね」

「そうとも言えますね」

 ヨークタウンのつまらなさそうな言葉に、整備士であるフレデリック・マイケル・グリフィンは頷く。たまたまヨークタウンのを仰せつかった一介の整備士であるフレデリックにしてみれば、政治的な理由はどうでもいい。

「じゃあ、もう一つは?」

「初の量産型制式空母であるヨークタウン級を確実に稼働するものにするため、マインドスフィアとの連携実験が欠かせないからです」

 実態としてはこちらが大きかった。ちなみに、マインドスフィアとは人間達が用いるプラズマインドスフィアの略称である。

 プラズマインドスフィアのメリットとはなんだろうか。

 それは、艦内のあらゆる設備や武装をプラズマインドスフィアが掌握し、一つの生き物のように自動的に稼働させることが出来る点にある。

 本来、艦艇とは無数の人間が一つの共同体となって一つの生き物のように運用するものである。それには長い訓練とたくさんの人員が必要になる。

「本当ならヨークタウン級くらいの艦艇は二千人くらいの人間が必要なんだっけ」

「はい。ですが、マインドスフィアを用いれば大幅に減らせます」

 完全に0に出来ないのは、プラズマインドスフィアを以てしても、全てを同時に操るのが現実的ではないからだ。

 これは人間が全ての部位を集中して動かせないのと同じだ。平均台を歩いている時に両手を使って何かをするのは難しいし、機械いじりをしながら足を複雑にステップさせるのは難しい。

 プラズマインドスフィアも同じで、武装制御に集中している間は操艦や索敵が疎かになるし、緻密な操艦を求められている場面で武装制御や索敵は難しいし、索敵に集中しているときに、武装や操艦まで、とはいかない。

 そういった部分は人間が補う必要があり、また、司令官や艦長などの判断を下す人間や、人間同士がやり取りをするための通信手なども必要になる。よって、乗員なし、とはいかないのである。

「と、新しい武装が装着されたみたいです。動かせるか確かめて見てほしいそうですよ」

「ほいほーい」

 通信を受けたフレデリックの言葉に、ヨークタウンが適当に腕を動かすと、やはり適当に武装の幾つかが稼働する。

「新しく増やした武装だけを動かせますか?」

「まぁ、集中すれば出来るかな……」

 今度は繊細な動きでヨークタウンが腕を振るう。

 今度は機銃の一つだけが稼働した。

「大丈夫そうですね」

「要はのためにいるのね、私は」

「そう言うことですね」

 ヨークタウンのやや不満げな顔にフレデリックは頷く。

「あ、それから、マインドスフィアの最大稼働時間もテストしておきたいとのことでした」

 プラズマインドスフィアのもう一つのメリットは、二十四時間無休で稼働し続けられることだ。

 人間は適度なところで睡眠を取る必要があるが、プラズマインドスフィアは違う。

 だが、これは理論上の話で、実際には稼働し続けるとプラズマインドスフィアは劣化すると言われている。

 ヨークタウンは最大でどれだけの期間プラズマインドスフィアを使い続けられるのかを実験する役目も担っているのである。

「折角の量産型制式空母なのに、実験実験ばっかりだね」

「最初の一隻目ですからね」

「早く妹達に会いたいなー」

「次女は後数ヶ月で進水出来るとのことですよ。まぁ、マインドスフィアを搭載して稼働させるまではまだ時間がかかると思いますが」

「退屈だよー」

「今度、本とかを持ち込めないか聞いてみますね」

「頼んだよ、フレデリックー」

 こうして、ヨークタウンは就役する一九三七年九月三十日まで退屈な日々を過ごすこととなっていたのであった。

 ちなみに、プラズマインドスフィアの人格モデルには実体がないため、本を捲ることが出来ず、本を押さえたりページを捲ったりとフレデリックの手間が増えるばかりだったため、フレデリックは安易に本を持ってくる提案などするのではなかった、と後悔することになったという。



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