「アストリアより入電! 艦から距離十五海里の地点に『
海上を浮かぶ航空母艦の艦橋で、そんな声が響く。
「安心して、このヨーキィちゃんの艦載機隊がみんなを守るから!」
この戦場に似つかわしくないプラチナブロンドをワンサイドアップにまとめた少女が自信満々に宣言する。
ヨーキィを自称した少女が両手で音楽を指揮するように空中に指を走らせる。
航空母艦に対し、攻撃を仕掛けようとした雷撃機隊に向け、F4Fワイルドキャットを中核とする戦闘機隊が襲いかかる。
この時、既に雷撃機隊は艦隊の迎撃ラインに入っており、周囲は対空砲火が生み出す黒い花火に覆われている。
それでも戦闘機隊は恐れず雷撃機隊の迎撃に向かう。
「ちょっと、直掩機とのプラズマインドスフィア・シンクロ率あげるよ! 操船は操舵手に任せた!」
「了解です」
ヨーキィの言葉に舵輪の前に座る男が頷き、舵輪を握る。
操舵手が航空母艦を面舵……即ち右舷側に舵を切ったため、雷撃機隊は艦後方から迫る形となった。
雷撃機隊は部隊を二つに分け、左右から攻撃を仕掛けようとする。
「おっと、射点にはつかせないよ!!」
ヨーキィが腕を大きく振ると、四機の戦闘機が射点直前の右舷側雷撃機隊の迎撃に出る。
結果は全機撃墜。
艦橋内でも歓声が上がる。
「と、左舷側は……間に合わないか。なら、ここは……。艦の制御もらうね」
そう言って、ヨーキィは左舷側に手のひらを向けると、航空母艦の対空砲が一斉に接近する二機の雷撃機に向けて射撃を始める。
こちらも、全機撃墜。そのうち一機は、あわや航空母艦に衝突するところであったが、こちらもヨーキィが大きく腕を回すと同時に回避運動を取り、回避した。
「どーだ! 被弾して、二十ノットしか出せなくたって、ヨーキィちゃんはまだまだやれるのだ!」
しかし、直後雲の中から雷撃機隊が飛び出してきた。
護衛する戦闘機はいないようだが、数は五機。被弾している様子はない。
「うっそ!? 雲の中から!?」
四発の魚雷が海面に投下される。一機だけ投下しなかった機体があったのは、投下装置の故障であろうか。だが、艦船を沈めるのに魚雷四発でも十分すぎる。
「いかん、取舵を!」
慌てて艦長が告げ、ヨーキィが頷くが、至近距離で放たれた魚雷に対し、あまりに遅い動きであった。
うち二発の魚雷が左舷中央部に二十メートルの間隔で命中。高々と水柱が上がり、艦橋に内蔵された煙突から白煙が噴き出す。
「前部発電機室、第二、第六ボイラー室、浸水! 嘘、あそこにはたくさんの人がいたはずなのに」
強烈な被弾に、ヨーキィが顔を青くする。
直後、航空母艦が動きを止める。
「ボイラー、全停止……、
ヨーキィが身を捩るように体を動かそうとするが、航空母艦は動かない。
「各所から被害報告が上がってきています」
浸水は急速に増大中。艦艇は左に二十六度傾斜しており、機関は全て修理不能。
「どうにかできないのか?」
「傾斜を復旧するには、応急修理を実施した上で、燃料タンク内の燃料を移送する必要があります。しかし、機関及び大型発電機は使用不能で、配電盤が損傷。艦内に電力を供給出来ない状態です。正直、マインドスフィアが稼働しているだけでも奇跡的ですよ」
艦長の問いに、素早く整備班が答える。
「それだけではありません。そのまま左舷側の浸水が増大すると、艦が転覆する可能性もあります。そうなれば……」
「沈没、か」
艦長はふむ、と頷き、副長へと振り返った。
「総員退艦を伝達したまえ」
そして、静かに、そう告げた。
「あ……ここまで……なんだ……」
ヨーキィは静かにそう言って、崩れ落ちた。
直後、プラズマインドスフィアが稼働を停止し、その姿がかき消えていく。ヨーキィは人間ではなく、プラズマインドスフィアと呼ばれる電気装置が生み出した虚像であった。
14時58分。間もなくおやつ時に差し掛かろうという昼間のことであった。
翌日の午前中。
ヨーキィは突然目を覚ました。
「あれ……ここは?」
そこは当然航空母艦の艦橋。この航空母艦「ヨークタウン」に搭載されたプラズマインドスフィアの人格モデルであるヨーキィはヨークタウンを離れる事など出来ない。
「よかった。目を覚ましたんだね」
艦長が優しくヨーキィに声をかける。
ヨーキィは艦内の状況をチェックし状況を理解した。
ヨークタウンを回収するため、仲間達が戻ってきてくれたのだ、と。
「ありがとうね、ハンマン、ヴィレオ」
ヨーキィはプラズマインドスフィアに搭載された短距離通信機能で、仲間達を連れてきてくれた駆逐艦「ハンマン」と、自身を真珠湾に曳航してくれている駆逐艦「ヴィレオ」に礼を言う。
艦の傾斜は徐々に回復しつつあり、このままいけば、ヨーキィも真珠湾に帰ることが叶いそうだった。
少し、気が緩んでいたのかもしれない。昼休憩が終わってすぐのことだった。
「おい、見ろよ。鯨が見えるぞ」
兵員の一人が海を指した。
「畜生、ありゃあ魚雷だ!」
「このプラズマインドスフィア反応……伊号潜水艦!?」
その言葉に、ヨーキィが索敵モードを起動したことで、友軍の駆逐艦の他に、別のプラズマインドスフィアの反応があることに気付いた。
「ハンマン、あなたに魚雷が接近してる!」
同時刻、護衛のために集まった駆逐艦の一隻である「モナガン」のプラズマインドスフィア人格モデルが、ハンマンに警告を飛ばす。
「もうすぐヨーキィが助かるかの瀬戸際なんだ。やらせはしないよ!」
ハンマンはヨークタウンと接続していた舫いを解除し、爆雷の準備を始めながら、二十ミリ機関砲で魚雷の迎撃を始めた。
直後、魚雷はハンマンの中央部に命中し、二番ボイラー室内で爆発、
残る二発の魚雷がヨークタウンの右舷中央部に命中し、大規模な浸水が始まった。
「今度こそ……ここまで……か」
ヨーキィは最後にそう言って、再び姿がかき消えた。元々ハンマンからの電力供給でプラズマインドスフィアを稼働させていたので、ハンマンが沈んだ今、彼女は実体化し続けることは不可能だった。
艦長は今度こそ退艦を指示。
ヨークタウンは今度こそ、沈むこととなる。
翌日、4時58分の事であった。
これはここに至るまでの物語。
第一次世界大戦中。世界は一瞬「異世界」という他ない世界と繋がった。
そこでもたらされたのが、道具に人格を与え、制御させる技術「プラズマインドスフィア」だった。
便利だが大規模な電力設備が必要となるそれを、人類は艦船に搭載。
海を往く人類の良き友人として、人類を補佐し続けた。
それは、軍事面でも変わらない。
これは、アメリカ海軍所属、CV-5 USSヨークタウンと呼ばれた艦艇と、そこに宿ったプラズマインドスフィア人格モデル「ヨーキィ」の第二次世界大戦を巡る物語である。