地下への階段は長かった。
「下水道よりも深い位置にあるな」とマックスが呟いた。
地下の道は、そこまで凝った作りではなかった。
煉瓦造りのそれなりに広い道が伸びており、それを進むとすぐ広間のような空間に辿り着いた。
奥が深い。
高さもそれなりにある。
床には絨毯が敷かれ、壁に沿って建てられた蝋燭が弱々しく闇を払っている。
そして、奥に例の物があった。
剣だ。
七振りの剣が突き立てられて飾られている。
その奥に像がある。
あれが邪神像だろう。
「あっ」
「うっ」
俺とマナナの声が重なった。
見たことがある。
エルホルザの街、その墓場の地下であれと同じものを見た。
ここにあるのは、あれよりももっと大きくて精緻な作りだ。
俺とマナナの変化を仲間たちは見逃さなかった。
「なんだ?」
マックスが疑わしそうにこちらを見る。
「いや〜まぁ、詳しくは後で」
あの時、冗談で邪神なんて言ったが、まさか本当だったとは。
ということは?
……けっこう、深刻なことになってたりするのか?
いや、それも考えるのは後だ。
もし密かに邪神教なんてものが流行っていたりするなら、それの対策は俺が考えることじゃない。
王子だけど、子供だしな。
そんなに動けやしない。
呑気に考えている暇がないのは、この広間にいるのが俺たちだけではないからだ。
ちょっとした神殿の、信者を迎える祈りの間ほどの広さのある空間には十数人の人影がいた。
全員が、頭に角がある。
「魔族……よくもまぁ、こんなに生き残っていたものね」
イーファが呆れた様子でそう呟く。
「まぁ、本気で絶滅させるなんてなかなかな。面倒だ」
ゼルの言葉に反論もできない。
俺も魔王を倒した時点で復讐心を満足させた部分があったので、残党狩りにまで頭はいかなかった。
あの段階で、人間だけでなく周辺の亜人種全てに嫌われてしまった魔族に生きる道などないと思っていたのだ。
「どこにでも、現状に満足しない者はいるし、そういう連中にとって行き場をなくした魔族というのは、使いやすい手駒に見えたのかもしれないな」
と、貴族社会を知るマックスが苦々しい表情を浮かべている。
「では、これは黒幕がいるってことか?」
「さて。野良犬を調教しても、全てが従順な飼い犬になるわけでもないからな」
「誰が野良犬か!」
マックスの毒舌に魔族たちが反応した。
「我ら誇り高き魔族也!」
「ああそうかい。それで? 言い分があるなら聞こうか?」
俺は一歩前に出て連中に声をかけた。
「第一王子のアルブレヒト!」
「うん、そうだよ」
「この国で最も恵まれた子でありながら、親に憎まれる忌み子めが!」
お?
「その力を見れば仕方あるまいな!」
「我らが優れているが故に恐れられたように」
「貴様もその力で恐れられる!」
「惨めな鬼子め!」
「それでもその力を振るってこんなところにいるのは、功を積み重ねれば親が情けをくれると思ったからか?」
「哀れ哀れ」
そして笑う。
魔族たち全員が笑う。
なんだこいつら?
「俺が強いのは仕方ないとして、それをお前たちの能力と同じに比べるのは間違いだろう」
存分に笑うのを待ってからそう返すと、魔族が黙った。
「だってお前たち、弱いだろう?」
うん、弱い。
事実、こいつらは戦争に負けた。
勝てると思って仕掛けてきた戦争に負けたのだ。
当初は人間と亜人との仲違いを利用して大規模な種族間抗争に持ち込むことができたが、最終的には他の亜人種全てから見捨てられた。
戦争も弱ければ、外交も碌にできない。
それが魔族だ。
「お前たちは、ちょっとばかり人間より魔力が多いだけの馬鹿どもじゃないか」
「「「「貴様ぁ!」」」」
その証拠に、この程度の挑発に乗ってくる。
奴らは揃って魔法を繰り出す。
炎の矢か。
十数人が同時に炎の矢を生み出せば、それはまさしく炎の雨となる。
戦争中はよく見た光景だ。
野外で、もっと大規模でできていれば、それこそ凄まじい光景となる。
だが……。
「「「「死ねぇ‼︎」」」」
「マナナ」
「うぎっ!」
マナナが迫ってくる炎の矢に向かって口を開けると、それら全てがこいつの口の中に吸い込まれていった。
「むふ〜」
満足げに煙を吐くマナナに対し、魔族たちは呆然としている。
練習したのだ。
エルホルザにいた頃、ゼルが来てから、周囲の魔力を無自覚に吸い取っているマナナに、個別の魔法だけを選別して食べられるように、練習した。
その結果がこれだ。
「よくできたなぁ。えらいぞマナナ」
「う〜ぎ〜」
「じゃあ、そんなことだから」
存分にマナナを撫で撫でした後で、魔族たちを見る。
「本当に有能なら、魔法なしでも勝ってみせろ」
背後の仲間たちが前に出てきた。
出番をよこせと言わんばかりだな。
「不利になった程度で、逃げ出したりはしないだろ?」
「ぐっ、ぐうう……。やれっ!」
リーダー格らしい魔族の叫びに一人が動く。
「おっと、させないわよ」
イーファの言葉とともに、剣の周りに結界が張られた。
魔族たちは結界に遮られて、剣に近寄ることができない。
「聖女〜〜っ!」
「見える場所に出したこと。後、さっさと壊さなかったことがあなたたちの敗因ね」
魔族からの怒りを冷笑で受け流すイーファの前にマックスが立つ。
「なら、次は俺の番だな」
「おう、がんばれ」
「お前もやれよ」
「賢者たるもの、事を起こす前に終わらせるのが最上の道よ」
「つまり?」
「俺様がここにいる時点で勝ち確定なのだから、あえて動く必要はないな」
「怠け者が!」
マックスがそう吐き捨てるが、いつまでもゼルに拘らない。
こいつが動かないということは、マックスだけで勝てると判断したからだ。
俺もそう思う。
そして実際、戦いはすぐに終わった。
マックスが近づき、戦斧を一振りしただけで終わった。
当ててもいない。
ただ、地面に殴りつけた衝撃波だけで、魔族たちを全員吹き飛ばし、気絶させた。
教えたばかりの天狗掌も混ぜているな。
「ふんっ!」
あっさりと倒れたことに、マックスは物足りないという顔をしている。
「ほら、俺様の出番はなかった」
「そういう問題ではないだろう」
「いやいや、出番はこれからだぞ」
俺は笑いながら言葉を挟む。
「ほら、あいつらの捕縛。ゼルの仕事な」
「おお、そうだな」
「まぁ、それぐらいはしないとねぇ」
「……面倒な」
ピシリ……。
反撃できて満足げなマックスとイーファが笑い、ゼルが顔を顰めているとその音が聞こえた。
「「「「え?」」」」
俺たちが揃ってそちらを見ると、結界の中で守られていたはずの剣、その全てにヒビが走っているのが見えた。
金属製の剣のはずなのに、まるで陶器のようにヒビが走っていき、崩壊へと向かっていく。
「あ〜あ、マックスがはしゃぎすぎるから」
「いや、イーファの結界が弱いのが悪いんだろう!」
二人が責任をなすり付け合う間も崩壊は進んでいく。
「ああもう、やるしかないなぁ」
俺がそう呟くと同時に、剣は全て壊れた。