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第36話 クナイができた



 墓場の地下でのことはマックスにはバレなかった。

 かなり怪しまれていたけどな。

 墓場で大穴が空いたのなんてかなりの騒ぎになったみたいだけれど、そのことについて突っ込まれることもなかった。

 バレなかったというか、知らんふりしたというのが正しいのかもしれない。

 スッゲェ苦々しい顔をしていたからな。


 それはともかく、クナイの依頼は済んだので家に戻って日々を過ごす。

 クナイの完成前にはマックスは領地に戻る予定なのだが……。


「たすけてアル!」


 ソフィーが泣きついてきた。


「手紙が書き終わらない!」


 なにかと思えばそういうことらしい。

 マックスは奥さん、アルブレヒトにとっての祖母からの手紙を毎回持ってきているのだけれど、ソフィーは毎回、手紙の返信に苦労していたらしい。


「ここってのんびりしていて素敵だけど、もう書くことがないのよ」


 最初の頃は侍女と始めたジャム作りや料理の話なんかを書いていたのだけれど、そろそろそういう話題も尽きてしまった。

 というわけで、俺にもなにか書いて欲しいらしい。


「まぁいいけど……俺のことって伝わっているのか?」


 俺の中身が純粋な幼児ではなく、勇者ジークの記憶があるのだということはそう他人に言える話ではない。


「大丈夫だ。言ってある」


 と、マックスが答えたので俺はそれ前提で手紙を書いた。

 マックスと奥さんぐらいしか知らなそうな秘密を少しばかり書いて、俺の状況を証明しつつ、最近のことを書いておく。

 そうして二人がかりで、なんとかソフィーが納得する分量の手紙が完成した。

 三日ぐらいかかったが。

 こんな大作を毎回期待されていたら、頭を抱えるのも仕方ないと思う。


 それ以外は特になにもなく、平和に過ごしているうちに鍛冶屋が完成したクナイを持ってきた。

 マックスが手紙を持ってアンハルト領に帰っていった数日後のことだ。

 鍛冶屋はソフィーに会ってひどく恐縮していた。

 それはともかく。

 鍛冶屋は俺の武器だということで、クナイを収める革のベルトを用意してくれた。

 腰に二重巻きにするようにできていて、それに十本のクナイを収められるようになっている。

 なかなかよくできている。

 クナイが来たら次にすることは決まっている。


「ゼル〜これに細工して」

「ああん?」


 午前の授業以外はだらだらしているゼルのところに駆け込む。


「投げたら戻ってくるようにしてくれ」

「はぁ? めんどうな」

「投げて取りに戻るのもめんどうだろ」

「いや、だからめんどう」

「なっ!」

「……ちっ!」


 舌打ちを吐きながらゼルが渋々と準備を始める。

 それをカシャが信じられないという顔をした。


「どうした?」

「お師匠様があんな簡単に動くなんて」


 グータラのお世話に四苦八苦しているだろうカシャにとっては、あんな簡単にお願いを聞いてもらえるのが驚きだったのだろう。


「あいつを動かすコツはな。好奇心か、しつこさだ」


 俺があいつをここに呼ぶために、そしてマックスが教育係をさせるために利用したのは好奇心だ。

 俺は魔晶卵を使い、マックスは賭けを使った。

 それは自分が向かう先にある謎への好奇心だ。


 そして今使ったのはしつこさ。

 これは単純だ。

 断るよりも、頼み事をしてやった方がめんどうがないと思わせたら勝ちだ。


「聞き分けがいいのは利用されるだけだぞ」

「なるほど!」

「おい、余計なこと教えんな!」


 ゼルが怒鳴る。

 その手にあるのは金属製のペンだ。

 これからゼルが行うのはいわゆる魔法付与といわれる行為。

 戦闘中の一時的な付与ならば俺もできるが、長期的な付与となると俺にはできない。


「こういうのはやっぱり、賢者様じゃないとな」

「こんな時だけ持ち上げるな」

「いや、本音、本音」

「まったく」


 ぶちぶち言いながら、それでも特別性の金属ペンに特殊なインクをつけ、クナイにペン先を当てる。

 瞬時にペン先が発熱し、クナイに文字が焼き刻まれていく。

 クナイが終わると、次はベルトの鞘の部分にも同じ行為を行なっていく。


「ほら、できたぞ」

「いえー! ありがとう!」

「魔力が滲んだからな。そのまま使っていればお前の魔力も染み込んで定着するだろう。大事に使え」

「了解」


 ベルトに収まったクナイを受け取り、試し撃ちのために森に向かう。

 マナナは当たり前に付いて来ているが、カシャも来た。

 毎回全力で投げていたら自然破壊になってしまうので、手加減して標的にした木に投げていく。

 木の幹に刺さってしばらくしたら鞘に戻ってくる。

 パッと消えてパッと鞘に現れるのだ。

 うん、やっぱり便利だ。

 ゼルディアはいい仕事をするね。


「あの、さっきお師匠様が言っていた魔力が染みるというのは?」

「ああ、それはな」


 クナイを投げながら説明を続ける。


「魔力っていうのは時間をかければ大体の物質に定着するのは知ってるか?」

「はい、それは」


 自然物にあるものは全て、魔力を受け付ける。

 それは魔力がこの世界の全ての根源存在であるからだと言われている。


「だけど、加工品はその性質が弱くなる。特に金属はそうだ」


 これは溶かしたり叩いたりして混ぜ合わせたりするのが原因かと言われているが、本当のところはよくわかっていない。

 もしかしたらゼルなら知っているかもしれないが、俺は知らない。


「普通はそうなんだが、ゼルが魔法付与をすると少しは魔力に馴染みやすくなるんだ」


 これは魔法付与をすることによって、その余地が戻ってくるからだと、俺はぼんやり理解している。

 とはいえ自然に漂っているだけの魔力が染み込むほどではない。

 それだけのことをするなら魔獣ができるぐらいの濃い魔力が沈澱した地帯に放置しないと無理だろう。

 だが、使用者の魔力を意識的に流すようにしていれば、やがてそこに魔力染み込んでいく。


「そうしていくと色々面白い変化が起きたりするんだよ」


 勇者時代、武器を求めて色々と試したからな。

 あの頃の記憶が蘇る。


「色々ですか……」


 カシャはしばらく考えてから、そちらを見た。


「それはつまり、アレみたいな?」

「まぁな」

「うぎ?」


 そう言われればそうだと、俺たちはマナナを見た。

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