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第26話 旧友の訪問



●●マクシミリアン●●


 マクシミリアン・アンハルト侯爵の日々は忙しい。

 領民からの訴えを解決し、国境に睨みを効かせ、他領との交易に頭を悩ませる。

 最近は大規模な金山なんて見つかったものだから、その管理もしなければならない。

 その上で王妃と望まれて娘を王都にやったのに、実質追い出されたような状態となっていることに南部諸侯が我が事のように怒っているので、それを宥めたりもしなければならない。

 本当に忙しい。

 それでも頻繁に娘の顔を見に行くことができるのは、旧友から学んだ魔功の技によって無尽蔵の体力を得ているからだ。


 そんなマクシミリアンが領の仕事に区切りをつけて、そろそろ娘の顔を見に行くかと思っていると、来客があった。


「ゼルディアの使い?」


 懐かしい名前を聞いたと思ったが、同時に使いというのもよくわからず、首を傾げた。

 あの賢者ぶったグータラ男が現在、獣人連邦という国の相談役という地位に就いているのは知っている。

 だがどうせ、たいした仕事などしていないだろうこともわかっていた。

 高給だけかすめとって、魔法の研究以外はダラダラと過ごしているに違いない。


 そんな旧友だが、動くときには他人を使わずに、自分で動く。

 それなのに、使い?

 疑問に思いながら待たせてある応接室に向かうと、そこには小さな狐の獣人がいた。

 小麦色の耳をピンと立てた少女……というよりも女の子は、マクシミリアンが部屋に入ると、座っていたソファから立ち上がってこちらに頭を下げた。

 東方系の儀礼を使う。

 アルブレヒトと同い年ぐらいだろうか。

 着ているのは白と赤の、こちらではあまり見ない服だ。膨らんだ袖などからしてやはり東方系だろう。

 ゼルディアはヴァルトルク王国に近い獣人連邦の出身で、東方との関係はなかったように思うが。


「よく来てくれた。まぁ、座ってくれ。菓子は足りているか?」


 孫と同い年ぐらいの子供を一人で来させるとは、あいつのグータラも極まったな。

 呆れと怒りを覚えつつ、笑顔で女の子を座らせる。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 女の子はしっかりとした声で応じた。


「ああ……君の名は?」

「カシャと呼んでください」

「そうか。ではカシャ、ゼルディアの使いだというが、どういうことかな?」

「それは……」


 問われたカシャは困ったように自分の尻尾を触った。


「もう、お師匠様! いい加減に出てきてください!」


 しばらく困った様子を見せていると、カシャは急に誰もいない空間に向かって叫んだ。


「ああん? なんだ、もう着いたのか」

「もう着いたじゃないです! もうっ!」


 なにもない空間から覚えのある声が聞こえたかと思うと、そこに突如として銀色の球が生まれ、膨らみ、解けるようにして広がると人の姿を吐き出した。

 銀色の獣人。

 複数の尻尾を持つ特殊な狐獣人は欠伸をしながら、そこに立った。


「ゼル……」

「よう、マックあああああ」


 答えている途中で大あくび。

 昔の通りのグータラ賢者、ゼルディアだ。


「ん? 尻尾が増えたか?」


 以前と変わらない姿に呆れていたマクシミリアンだが、変化に気付いた。

 複数の尻尾を持つという異常を持つゼルディアだが、以前はたしか五本ぐらいだったはずだ。

 いまはあの時よりも増えている。

 それは、彼を取り巻く毛量でわかる。

 凄まじい。

 自らの尻尾の毛でコートができている。


「ああ、九本になった」

「それはすごいな」

「おかげでな、東方の獣人国家で亜神扱いされてな」

「は?」

「それでこいつが巫女として送られてきた」

「巫女?」

「こっちでいう女神官みたいなもんだ」

「そうか。まぁ、座れ」

「尻尾が邪魔で座れんのは知っているだろう」


 そう言うと、ゼルディアはその場で宙に浮き、足を組んだ。

 マクシミリアンは鈴を鳴らして侍女を呼ぶとお茶と菓子の追加を頼んだ。

 まぁ、見えないようにしながらも、カシャと共に旅をして来たというのなら、こいつなりに気を使っていたのかもしれない。

 他人が共感できるような気遣いの形を求めても仕方ない。

 こいつにしても、ジークにしても。

 いや、他の連中もそうか。

 みんな、アクの強い奴らばかりだった。


「それで、急になんの用だ?」

「それだ」

「だからなんだ?」

「お前の娘の件だ」

「娘? ソフィーがどうした?」

「お前の娘から手紙が来てな。これだ」


 と、ゼルディアは懐から出した手紙をテーブルに投げた。

 封の開けられたテーブルはマクシミリアンの前でぴたりと止まる。

 封筒に書かれた名前は、たしかにソフィーの筆跡だ。

 中にある文を書いたのも彼女だ。


『初めてお手紙を差し上げます。マクシミリアンの娘でソフィーと申します。

 早速ですが、私は息子の代筆として筆を取っております。この後に書きますのは、一言一句、息子の言葉ですのでご容赦いただきますよう伏してお願い申し上げます。


 ゼルへ、魔晶卵を孵化してやったぞ。お前には絶対できないだろ、やーいやーい。


 以上です。是非ともお知恵を借りたく、できればこちらへ足をお運びいただければと願っております。

 私の現在の住まいに関しましては、父マクシミリアンにお尋ねいただければ幸いです。

 それでは失礼いたします。


 ソフィー・アンハルト』


「う〜む」

「で、どういうことだ?」

「俺は知らん」

「なに?」

「娘……というか孫だな、これは」

「そうみたいだが、お前の孫ということは、あれだろう、王子だ」

「ああ」

「王子の悪ふざけなのか? 魔晶卵を孵化させたなんて大嘘、魔法を使う者に向かっていうには性質が悪すぎるぞ。お前は孫にどういう教育をしているんだ?」

「教育……」


 その言葉を聞いて、急におかしくなった。

 あいつを教育できる人間なんて、この世にいるのか?

 いや、目の前にいるのか。


「ふっ、ふふふ」

「なんだ?」

「いや、そうだな。もしも、もしもだ。この手紙の内容が本当だったらどうする?」

「なに?」

「本当だったら、孫の教育係になってくれるか?」


 そうだな。

 こいつだったら、あいつの教育係にだってなれるかもしれない。

 あいつは、庶民の間で生きるには十分すぎる知識と教養があるが、さすがに王侯貴族として生きるには色々と足りない。

 その点こいつは、知識だけは山ほどある。

 腐っても賢者だからな。


「どうだ?」

「ふん、いいだろう」


 引っかかった。

 きっと驚くことだろう。

 あいつのことだ、手紙の内容に嘘はないだろう。

 ゼルディアはきっと驚くことになる。

 だが、それだけでは面白くない。

 どうせなら、アルブレヒトにも驚いてもらわないとな。


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