秋奈の部屋に着く前に、赤ん坊の声が聞こえた。どうやら、無事に出産できたみたいだ。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ!」
産婆の大きな声が部屋から聞こえた。いつの時代もこういう文化は健在みたいだ。
「失礼します」
「紬か。入っていいぞ」
晃生の声が聞こえた。どうやら本当に、秋奈に寄り添っていたらしい。
「秋奈様、おめでとうございます!」
「おめでとう」
「紬、光希。ありがとうな。悪いけど、しばらく秋奈と二人きりにしてくれないか。俺、感動してるんだよ。命が生まれる瞬間って……お前らにも将来、きっとわかる」
「かしこまりました。光希様、行きましょう」
涙ぐむ晃生をよそに、紬は再び僕の手を取って部屋を去る。今日はバタバタしっぱなしだ。
「それにしても、晃生様の泣き顔なんて初めて見ました」
「そうなの?」
「はい。あの方は決して弱いところを見せませんから」
確かに、晃生はいつも豪快で快活だ。涙から一番遠い人間に思える。
「他人事だけど、確かに僕でも心が動いたよ。あんまり子どもとか、興味なかったはずなんだけどなぁ……」
それだけ、僕が晃生に感化されたということかもしれない。
「佐竹家の跡継ぎ様です、同じ苗字の光希様が心を動かされたのは色々複雑な要因が絡み合っていそうですね」
確かに。紬の言うように、原因は一つではないだろう。これも科学では解明できないものだ。そもそも人の心を科学で解き明かすことなど、不可能なのだけれど。
「そういえば、光希様。朝食はとられましたか。今日は優斗くんもバタバタしていますから、代わりに私が作りましょうか?」
「あ、ああ……そういえば食べてないや。紬、お願いできる?」
「かしこまりました」
紬は僕から手を解き、台所へと駆けていった。