今羽は、また神社の境内を掃除していた。熱心なことだ。
「今羽さん」
声をかけると、「君か」と彼は掃除する手を止めた。
「悪いけど、神力はまだ戻ってないよ。戻る気配すらない」
お手上げだ、とでも言いたげだ。それだと非常に困るんだけど……。
「そんなことを訊きにきたんじゃないです。僕は何で、この時代に飛ばされて佐竹家の目の前で寝ていたのか気になったので」
今羽は少しの間、掃除をする手を止めた。それから、
「社務所に行こうか」
と提案してきた。これは長い話になりそうだ。腹を括って今羽の後をついていく。
「あんた、掃除はどうしたのよ。佐竹くん連れ込んじゃって……若旦那に何か言われても、私は責任とらないからね」
社務所には、当然だが桜がいた。前回見た時と同じ容姿で。秋奈みたいにパッと目を惹く美人ではないが、睫毛の長さや大きな瞳などパーツの主張が激しい。
「若旦那にこの場所が見つかることはないから大丈夫だろ。とりあえず、佐竹くんの為に座布団持って来いよ」
「はあ⁉ あんたが持って来なさいよ」
また喧嘩が始まった。この二人、仲が良いほど喧嘩するのパターンなのか、本当に合わないのかどっちなのかわからない。
「あの、僕は座布団なくて良いです……」
耐えかねてそう漏らすと
「ほら、気を遣わせちゃったじゃない!」
「お前のせいだろ! 早く座布団持ってこないから……」
「仕方ないわね、貸しよ」
「意味わかんねー」
桜は社務所の奥に引っ込んでいった。彼女の方が折れたみたいだ。
「悪いね、桜が絡むと熱くなっちゃって……悪い癖だな」
「いえ、大丈夫です……。桜さんに申し訳ないことしちゃったかも」
「大丈夫よ、悪いのは今羽の方だから。座布団敷くわね」
いつの間にか、彼女は戻ってきていた。紫色の座布団を敷くと、桜も「今羽が絡むと熱くなっちゃって……見苦しいわよね、ごめんなさい」と謝りを入れてきた。多分本当は似た者同士なのだろう。
「大丈夫です、むしろ僕の兄たちもそういうところがあるので」
現代にいる兄に想いを馳せながら、言葉を継ぐ。
「で、何で僕が佐竹家の目の前にいきなり時間を越えて寝ていたのか。理由はわかるんですか?」
今羽は正座すると、息を吐き出した。そして語り出す。
「俺が思うに、深い理由なんてない。神様のくじ引きでたまたま君が遊び道具に使われているとか、その程度の理由だと思う。だからこの状況を打破できそうな俺の神力は不安定になっているし、桜だと暴走して違う時代に運んでしまう可能性が高い。まあ、神様も飽きたら俺の神力が安定して戻せるようになるとは思うんだ。佐竹くんには我慢ばかりさせて悪いけど、神力って結構扱いに気をつけないと大変だからさ」
神様のせいで、と言われて納得できる訳がない。だけど、実際タイムスリップしてしまった訳だし受け入れるしかないのだろう。頭も心も、納得は出来ないけれど。
「というか、神様なんて本当にいるんですか?」
そこから疑問だ。僕は確かに神頼みで神社に通い詰めているけど、そんなものの存在を心から信じている訳ではない。
「え、いらっしゃるよ。というか、いるってことにしておかないと俺の仕事無くなるし」
確かに今羽は神官なのだから、神の存在否定は彼の職業への否定か。申し訳ない気持ちになった。
「ごめんなさい……」
「いいよ、別に。神様への信仰が薄くなるのは、それだけこの世が平和だからとも言えるからね。君が元居た時代は、さぞかし平和なんだろうな。この時代も、戦が起きていないから平和ではあるんだけど……」
今羽はそこで言葉を切った。何か重要な何かを、飲み込むかのように。
「あの、どうかしましたか」
「何でもない。他に訊きたいことはある?」
今羽は穏やかな声で僕に問いかけた。先程の様子が気になるが、訊いたところで教えてはくれないだろう。
「今はないです、出来たらまた来ます」
「わかった。俺もなるべく早く神力安定させるからさ、この時代を楽しんでね」
似た様な言葉を前も聞いた気がするが、そのことには言及せず「はい!」と神社を後にした。