帰ると、「おかえりなさいませ」と紬ともう一人、晃生の使用人だろう――が出迎えてくれた。
「光希様には自己紹介をしていませんでしたね。私は晃生様の妻の秋奈と申します。光希様に中々挨拶が出来ず、申し訳ない気持ちでいっぱいでございます……」
秋奈は、とても整った顔をしていた。綺麗な鼻筋、澄んだ瞳。睫毛も長い。少し薄い唇は、些細なことで切れそうで守ってあげたくなる。晃生の好みが見てとれる。長い艶やかな黒髪を一つに束ねているその姿は、僕でも見入ってしまうほどだ。腹が少し膨れているということは、妊娠しているのだろうか。
「秋奈はいつも奥の部屋で身体を休めてるんだ。今まで顔を見なかったのもそういうことだな」
僕の憶測は当たっている様だ。二人とも二十代前半なのにもう子どもが……いや、現代でもとりたてて珍しいことではないけれど。この時代では、これでも遅いくらいなのだろうか。昔の人は早産だっていうのは、何処かで聞いた覚えがある。
「あの、光希様。どうかされましたか」
一言も話していないと、やはり心配される。
「何でもないです、大丈夫」
「私に敬語など使わなくてもよろしいのに。もっと砕けていて構いません。むしろそれが本望です」
晃生の家では、基本的には対等な関係で人々が生活している。それはひとえに、晃生の人柄なのだろう。江戸時代の侍って、もっと硬派なイメージだった。男尊女卑も激しそうだし……実際、他所の家だったらそうなのかもしれない。そういった意味では、この家に拾われてラッキーだったと言える。
「じゃあ……お言葉に甘えて。秋奈さん、これからよろしくね」
「はい」
にこっ、と笑う彼女を見ていたらこちらの心が惹かれていく様な気がした。このままではいけないと晃生を見ると、「良い女だろ、俺の女房」とこちらもニコニコしながら笑っていた。僕が子どもだから、盗られないとか思ってるのかな。まあ、何でも良いけど……。
「そういえば秋奈、十和は何処に行ったんだ?」
「十和?」
「私の使用人です。今日は気分が良かったので、一人にさせて欲しいと私が言ったのです。なので今は……市中に居るのではないでしょうか」
僕らと知らず知らずのうちにすれ違ったかもしれない。なんせ、あの人の多さだ。晃生だって一人一人をちゃんと見ている訳ではあるまいし。
「俺たちは見てないけど、そうか……。秋奈、もう部屋に戻った方が良いんじゃないか?体に障るだろ」
晃生は秋奈の腹をさすった。その優しい手つきは、生まれてくる子どもへの期待が含まれている様に感じた。
「そうですね。紬、付き添ってくれますか」
「はい」
二人は奥の部屋へと戻っていった。
「……」
「おい、あんまり見惚れるなよ。秋奈は俺の女房なんだからな」
そう言って笑う晃生。その明るさに、少なからず救われている僕がいた。