「ただいま、って……今日は折り紙か。光希もだいぶ馴染んできたな、江戸に」
晃生の帰宅した時の第一声はこれだった。彼なりに僕のことを心配してくれていたらしい。
「そうかな」
「最初なんて、変な着物着て俺の家の前で倒れてたしな。随分馴染んだと思う」
「あはは……」
どうしてそんなことになったのかわからないのが、怖い。現代で、いつも通り寝たはずなのに。明日神社に行って原因を訊いてみよう。
「そういえば、光治さんと光幸さんは双子なの? だとしたら、どっちがお兄さん?」
気になったことを訊いてみた。本人たちに訊いても教えてくれるだろうが、質問する勇気がない。
「あいつらか……。あいつらは確かに同い年だけど双子じゃないぞ。腹違いの兄弟だな。兄貴なのはどっちだったか……細かいことは気にしねーから忘れちまったな……すまん。俺とも腹違いの兄弟なもんで、まぁつまるところ佐竹家は腹違いの兄弟三人で成り立ってるんだ。正妻の血を継いでるのが俺だから、俺が家長になってるけどな」
思ったよりも複雑な家庭環境だった。この時代では腹違いの兄弟って当たり前なのだろうか。ちょっとついていけない。現代でも腹違いの兄弟は居るけれど、実際に遭遇にしたのはこれが初めてだ。……何だか、色々な初めてをこの時代で経験している気がする。
「さて、紬。優斗を捕まえに行ってくれ。腹が減った」
「わかりました」
紬は玄関の方へ向かって歩いて行った。優斗は、ちゃんとご飯を作ってくれる点は有難いがどうやら賭け癖があるらしい。弟への仕送りのことを考えているのだろうか。あんまり、部外者の僕がとやかく言う問題ではないかもしれないけど。
「二人きりになっちまったな」
「そうだね……」
はっきり言ってしまえば、晃生と話すことなんて特にない。どちらかと言うと神社に行って、タイムスリップの原因を知りたい。だが、外はもう薄暗く晃生が居る以上外出は厳しいだろう。今日は諦めよう。
「そういえば光希、お前ここに来るまでどんな生活してたんだ。同じ佐竹なら分家かもしれねーし、ちょっと確認させてくれ」
「ええと……」
本当のことを話してしまうと、一気に奇人扱いされてしまう。かといって、設定を捏造するのも江戸時代について詳しくない僕にとっては不可能だ。あたりさわりのないことを言ってお茶を濁そう。
「普通の生活してたよ。両親と兄さん二人で」
「筑波でか?」
「うん」
晃生は黙り込んでしまった。何か変なことを言ってしまったのだろうか。
「……どうかした?」
「いや……佐竹の分家って水戸に住んでいたような気がして……。分家の分家とかになるとわからないんだが、お前結構いい身なりだったからさ。かなり不思議なんだよ、お前。この苗字は珍しいから……でもって常陸国出身だろ。絶対血の繋がりがあると思うのに家系図見ても光希なんて名前はねーし……どうなってんだお前?」
家系図に名前が載っていないのは、間違いなく僕が未来人だからだ。予知能力でもなければ、僕の名前を書けるはずがない。
「僕も分からない……」
「第一、子ども一人居なくなってるんだから俺に連絡が来てもおかしくないんだよ。佐竹家は言っちゃあなんだが裕福な方だし、お前の家大騒ぎになってても不思議じゃねえ。それがないってことは……いや! この話はやめよう。そろそろ紬も帰ってくるだろ」
「そうだね」
晃生は晃生で、色々考えているみたいだ。流石に時代を越えてきたとまでは思っていないみたいだけど……。時同じくして、「ただいま帰りました!」という紬の声が聞こえてきた。
「今日は勝てそうだったのに……紬さん酷いっすよ」
「夕飯を作るのは優斗くんの役目でしょ」
どうやら、また賭け事をしていたらしい。現代に生まれていたら、間違いなくパチンコに入り浸るタイプだろう。
「仕方ねーな……。皆さん、飯作るんで台所には近寄らないでください」
優斗は人払いをすると、籠の中の荷物を取り出し始めた。どんな料理が出来るのか楽しみだが、江戸時代の食事の質素さを知ってしまったので過度な期待はしないようにする。