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第5話

 数時間後、晃生たちが帰ってきた。

「よっ、光希。一人での江戸はどうだった?」

 開口一番に訊かれた。僕は素直に

「楽しかったけど、疲れるね」

 と返す。

「おのぼりさんにはやっぱキツいかー。金は余ったのか?」

「うん、返すね」

 僕はお金の入った巾着を晃生に返却した。

「なんだ、もっと遊んだかと思った。全然使ってねーな」

 晃生は巾着の中身を確認し、そう言った。

「何か申し訳ないし……」

「お前、いい奴だな。金なんていくらでもあるから好きに使って貰って構わねーのによ」

「……」

 やはり、将軍に関連する仕事に就いているからなのだろうか。晃生は金銭感覚に難があるようだ。僕でも、この先の江戸がどうなるかを知っている。その時、この家は——いや、考えるのはよそう。今、彼らは幸せな日々を送っているのだから。

「おい、どうかしたのか?」

「ううん、何でもない。ちょっと疲れてるだけ」

 笑顔を貼り付けて、誤魔化す。

「そうか。夕飯までまだ時間があるし、休んでこい。俺も休む」

 晃生は自分の部屋の方へ歩いて行った。僕も、部屋に戻ることにした。夕飯は後どれくらいしたら出来るのだろう。そんなことを考えている間に、眠りに落ちた。


***


身体を揺さぶられている感覚があった。

「——希さん、光希さん。夕飯出来ましたよ」

目を開けると、優斗の顔が目の前にあった。思わず起き上がると、箪笥に頭をぶつけてしまった。じんじん痛む頭。優斗は堪えたつもりだったのだろうが、笑ってしまっていた。

「晃生さんが、呼んでこいって言うんで。あの人、人と飯食うの好きなんすよ」

 確かに、それには納得できる。朝は彼なりの優しさで、放置されていたのだろう。僕が疲れていることなんてお見通しで。

「光希さん、考え事は飯食いながらでも出来るっしょ。とりあえず来てくださいよ」

 優斗が急かしたので、僕は急いで居間に向かった。


 居間には、使用人含め全員が揃っていた。「お前ってめちゃくちゃ寝るよな」と晃生に話しかけられ、少し恥ずかしい。普段はこんなに眠らないのに、どうしてだろう。

「ま、お前まだガキだもんな。そりゃ寝るか。じゃ、いただきます」

 晃生は一人で勝手に納得した様だ。僕も、他の皆も「いただきます」と挨拶し食べ始める。今日の夕飯は、白米と豚汁、小松菜のお浸しに魚の煮つけだった。これらも絶品で、やはり料理はあたたかいものが一番だと思い知る。

「皿は俺が洗うんで。光希さんは風呂にでも入っててください」

「ありがとう。わかった」

 優斗の言う通り、僕は風呂場に向かう。そこで、光治の使用人の風花とはちあわせてしまった。彼女は風呂あがりなのか、髪が濡れている。

「坊、これから風呂かい? 今日はお湯が熱かったから気をつけるんだよ」

 髪を拭きながら彼女が言う。何処を見ているのだという話だが、中々立派な胸だ。身長は僕の方が高いから、見下ろす形になっている。直立不動の僕を不審に思ったのか、「ほら早く行っといで」と言い残し去っていった。


 お湯は確かに熱かった。けれどこの顔の火照りは、それだけではない気がする。


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