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第1話

 朝。目が覚めたら元通りの世界、なんてことはなく昨日と同じ天井が見えた。部屋から出ると、いつから立っていたのかわからない紬が「おはようございます、光希様」と挨拶してくれた。僕も「おはよう」と返すと、「朝食、後は光希様だけですので」と台所に盆を取りに行った。

「他の人はもう食べちゃったの?」

「はい、お仕事があります故。冷めていても優斗くんの料理は美味しいですよ」

 紬はじっと僕のことを観察している。

「あの、見られてると食べづらいんだけど……」

「失礼しました。では、席を外します。光希様、食べ終わったら食器は優斗くんに渡しておいてください」

「わかった」

 冷えた味噌汁でも美味しく感じるのは、優斗の調理が上手いからだろう。ぶり大根はいつ仕込んだのかわからないが、味が染みていて美味しい。それにこの時代に白米を食べられるのは、相当運がいいはずだ。そんなことを考えている間に食器が空になったので、台所へ持っていく。

「あー、おはようございます。遅かったっすね。元から長く寝るんです?」

「おはよう。うーん、どうだろう。そういう訳ではない気もするけど……」

「そっすか。ところで、今日は何か予定があるんすか?」

 優斗は食器を水に浸しながら、問うてきた。

「いや、何も」

「昨日は紬さんのせいで江戸を周れなかったとか言ってましたね、今日は一人で行ってみては?」

「帰り道がわからなくなりそうで怖いな……」

 まだこの時代に来て二日目。誰かの手ほどきがなければ、江戸の観光なんて出来ないだろう。

「この家大きいんで目立つし大丈夫っすよ。田舎から来て怖いのはわかりますけど、慣れていかないと」

「田舎って……」

 そういう優斗はどこの出身なのだろう。

「常陸国、っていうか筑波なんて山じゃないすか。江戸とは違うでしょうに」

「じゃあ、優斗はどこの出身なの?」

「俺? そんなに遠くないっすよ。北東の方角に千住宿ってところがあるんすけど、そこっすね」

 思ったよりシティボーイだった。

「え、じゃあ何でここで働いてるの?」

「歳の離れた弟がいるんすよ、千住には。両親が早く亡くなったから、俺だけ奉公に出てるっていうか。弟は千住から離れたくなかったみたいで、今叔母が引き取って面倒見てくれてますけど。弟、光希さんより若いっすよ。七五三も終えてないんで」

 思ったより重い過去をさらりと言われたので、反応に困る。

「まあ、俺の素性なんて興味持ってもいいことないっすよ。そんなことより晃生様から預かりものっす。小遣いっすね」

 確かに硬貨が何十枚か包まれている。

「これだけありゃ、大体のモンは買えますよ。さっさと支度を済ませて行ってきてください」

 僕は台所を半ば強引に追い出された。しかし、見ず知らずの僕に小遣いなんて人が良すぎないか? 晃生のことが心配になる。

 部屋に戻ると当たり前の様に紬がいて、今日の着物を選んでくれていた。

「着付け出来ます?」

「まだ出来ない……」

「わかりました。では、お任せを」

 慣れた手つきで着付けを行う紬。織物好きだからなのか、布を触る手つきが丁寧だ。

「出来ました。今日は家のことをしなければならないのでついていけませんが……この家は目立つのできっと大丈夫です。いってらっしゃいませ!」

「いってきます」

 こうして、僕は佐竹邸を後にした。


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