紬も、寝床の準備をすると言って僕の部屋の方に去っていった。つまり今、僕は晃生と二人きりだ。
「で、江戸見物は楽しかったのか?」
突然質問されて、少しだけ口ごもる。
「もしかして、紬の趣味に付き合わされたか?」
意外と察しが良いんだなこの人――そんなことを考えながら頷く。
「でも、楽しかった。織物もあんなに種類があること知らなかったし」
「悪いな、使用人の趣味に付き合わせて……。でも楽しんで貰えたなら良かった」
江戸と筑波じゃ全然違うだろ、と付け足し彼は再び横になった。どうやら相当疲れているらしい。
「晃生さんは、どんな仕事をしているの?」
彼は、表情を曇らせた。あまり訊かれたくない話題だったのだろうか。それでも、彼は一応答えてくれた。
「そうだな……将軍様に関係するとだけ言っておくか」
なるほど、将軍の関係者か。それならこの屋敷の広さも少しは理解できる。使用人が広さの割に少ないのは気になるが……恐らく家にあまり沢山の人を置いておきたくないのだろう。自分のプライベートな空間だもんな――じゃあ、何で僕を拾ったんだという話になるけれど。自分の快適さよりも、正義感を優先したといったところだろうか。
「何だよ、黙っちまうなんて……別に江戸で将軍様関連の仕事なんて極端に珍しくはないぞ」
「そうなんだ」
あまりにも黙っているのは確かに不自然なので、相槌をうっておく。しかし、これ以上こちらから振れる話題もなさそうだ。沈黙が場を支配する。気まずい。早く夕飯が出来ないかな――その時だった。
「兄貴、帰ったっぺ!」
「うるせえ、兄貴は疲れてんだ。これ以上疲れさせてどうすんだ」
玄関の方から声がした。兄貴、と呼ばれているのは恐らく晃生。つまり彼らは弟である可能性が高い。
「光希、折角だし紹介するか。ついてこい」
晃生は起き上がると、すたすたと玄関の方へ歩いていく。慌ててついていくと、背格好がよく似た青年が二人並んでいた。
「お前か、倒れてたって言うの」
橙色がかった瞳は、晃生よりいささか目つきが悪い。品定めされているみたいで居心地が悪くなってきた。
「やめろ、人様のことじろじろ見るの」
もう一人が窘める様に品定めの彼を引き離す。
「光希、悪いな。こいつらはいつもこうなんだ。紹介すると、どっちも俺の弟。最初にお前につっかかってきたのは光治。で、引き離した方が光幸。わからなくなったら、目つきで判断してくれりゃいいから」
確かに、光幸の方がより目つきが悪い。それにしても、バリバリの茨城弁は久しぶりに聞いた。
「そういやお前、なんつーんだ?」
光幸がこちらを見ながら訊いてきた。確かにまだ名乗っていなかったな、と思いつつ
「佐竹光希です」
と名乗る。すると今度は光治の方が「へー! 俺たちも佐竹っつーんだ。何か縁感じんな!」と背中を叩いてきた。彼なりの親交の証、だろうか……?
「びっくりするなよお前ら、光希は筑波から来たらしいぞ」
「へえ、そりゃ遠くから来たんだな。俺たちも水戸の方から来て、ここに住んでっけど」
晃生もそう言っていたし、この訛り具合は間違いなくそうなのだろうと思わされる。
「とりあえず、そろそろ夕飯出来るはずだから準備しとけ」
晃生のその声を受けて、二人は家の中に入った。