目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第2話

 紬が部屋に戻ってきた。

「その恰好では流石に目立つでしょう。晃生さんの幼い頃のお着物を用意いたしました。お着替え出来ますか?」

「……実は、着物は着たことがなくて……」

 現代人の何割が手ほどき無しで着物を着られるのだろう。そんなくだらないことを考えながら、僕は紬に着物を着せてもらった。

「よくお似合いです、本当に昔の晃生さんみたい」

 晃生の顔の既視感は、他でもない自分の顔だったらしい。性格が違うだけで、似た様な顔だと周りからも認識されている様だ。このことを晃生はわかっているのだろうか。

「では、出発しましょう。最近は日が沈むのが早くなってきていますから」

 紬は僕の手をとった。そのまま外に出ると、僕も江戸時代の住人になったのかと錯覚してしまう。

「何が見たいですか?」

「紬さんの、おススメの場所があればそこで」

 紬は考え込む仕草を見せた。しばらくした後、

「良いですけど……光希様には合わないかも」

「いいよ、別に」

 なんせ、僕は江戸時代のことを詳しく知らないのだ。だとしたら、紬の趣味に付き合っていた方が帰り道も見えてくるかもしれない。今回はあまり期待していないけれど。

 紬は、人波をかきわけすいすいと進んでいく。僕はそれについていくので精一杯だ。やはり、江戸時代でも首都は首都だ。人が多い。そんなことを考えていると、紬は店の前で立ち止まった。実物は初めて見たけど、織物屋だ。

「これが私の趣味です。お暇でしょうけど、付き合って頂けますか」

「え、ああ、うん。いいけど」

 少々意外だった。紬は目を輝かせ、織物に視線を送っている。僕にはどれも綺麗で鮮やかな柄だな、程度の感想しか抱けない。自分の感受性のなさにがっかりする。

「今月はこれ以上散財しないと決めていましたが……店主、こちらの織物をください」

「毎度あり!」

 織物の誘惑には勝てなかった様だ。趣味の品物であれば、財布の紐も緩くなるのは確かにわかる。

それにしても、ここは賑わっている。今が西暦何年だかわからないが、江戸時代真っ盛りということはわかる。お店に茶屋、行商まで何でもござれだ。……人が多くて人酔いしてきた。

「大丈夫ですか、光希様。顔が青白い様な……」

「大丈夫、ちょっと一休みしたいかな、なんて……」

「では、茶屋に行きましょう」

 織物屋の店主に「また来ます」と紬は告げ、茶屋に向かう。といっても、三軒先だったのだけど……。暖簾をくぐると、小豆と抹茶の匂いがした。

「お茶二つで」

「かしこまりました」

 紬が注文したのは、あたたかいお茶だった。これでも飲んでリラックスしてくれ、とうことなのだろう。お茶はすぐに運ばれてきた。茶碗を持つと熱かったので、少し時間を置くことにする。紬は熱いことが最初から分かっていたのか、持とうとしなかった。

「……どうですか江戸は。常陸国とは違うでしょう」

「そうだね、全然違う……」

 それは時代が違うから当然なのだが、口に出しても奇人扱いされるので喉の奥に留めておく。

「でしょうね。私は常陸国がどんな場所か知らないですけど。下総国出身なので」

 また知らない地名が出てきた。

「そうなんだ」

 適当に返事すると同時に、使用人は常陸国から連れてきた訳ではないのかという疑問が生まれた。一つ謎が解けるとまた新しい謎が生まれる。キリがない。

 そろそろ大丈夫かな、と思いお茶を飲む。茶碗は熱いが身体の芯から温まると、少し心が落ち着いた。

「じゃあ、帰りましょうか。あまり遅いと晃生さんに怒られそうですし」

「そうだね」

 僕らは代金を払って茶屋を後にした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?