朝起きると、そこは僕の部屋ではなかった。木製の天井が真っ先に目に入る。身体を起こして辺りを見渡すと、道行く人は皆着物を着ているし、家の中には刀が置いてあるし。まるで時代劇の中にでも迷い込んだかのようだ。
念のため、頬を抓ってみる。痛いということは、これは現実である。どうしたら、元の時代に戻れるのだろう。というかここは、何処なのだろう。布団から出ると、「起きたか」と声をかけられた。
「……」
「お前、俺の家の前で倒れてたんだぜ? 俺がそれを見つけなかったら身ぐるみ剝がされてたかもな……いや、感謝を強要している訳じゃない。お前には聞きたいことがあるんだ」
大柄な男は、僕の目の前に座った。
「立ち話も何だし、座れよ。俺は佐竹晃生。お前は?」
「佐竹光希……」
晃生は、声が大きい。壁の薄そうなこの家じゃ、周囲に会話が筒抜けなのではないだろうか。
「同じ佐竹ってことか。よく見ればお前、いやなんでもない。お前、何処から来た? 服も見たことないものを着ているな」
晃生は、僕のパジャマ姿をじろじろと観察している。着物しかなさそうなこの時代にこの服は、浮きすぎている様だ。
「何処から来たって……僕はつくば市に住んでますけど。逆に訊きますけど、ここは何処なんですか?」
「筑波⁉ じゃあ、お前常陸国から来たのか。遠いところからはるばるご苦労様。何の目的があって江戸まで来たんだ? それにしても驚いた、俺も出身はそっちの方だから」
どうやら、つくば市は存在しないらしい。常陸という地名に聞き覚えは確かにあるが、国ではなくもっと細かい行政の括りでしか聞いたことがない。つまりそれらから導き出されえる結論は、ここは間違いなく僕の生きてきた時代ではないということだった。とりあえず今は、この男ともう少し話して状況を掴みたい。
「ええと……話せば長くなるのですが。僕は実は、この時代の人間じゃないんです。だからヒタチノクニとか江戸とか言われても訳わかりませんし、とても混乱しています。あなたはその、ヒタチノクニの出身なのですか?」
相手の様子を伺う。不思議なものを見る様な目。あぁ、これは信じて貰えてないな。溜め息をつくと、「幸せが逃げるぞ」と笑われた。今この状況で溜め息をつかないなど、その方が難しい。
「ああ、といっても俺は水戸の方だから筑波とは離れてるけどな。それにしても、生きてきた時代が違うなんて言われても信じられねーな。確かに変な服着てるけどよ」
この人は、多分だけど思っていることが顔に出やすいタイプなのだろう。僕の想像通りの返答だ。
「つーか、敬語じゃなくていいぞ。敬語なんて堅苦しいのは、家の外だけで十分だ」
言い方的に、外では案外偉い人なのだろうか。この家が妙に広いのは、武家屋敷だからなのだろうか。疑問は尽きない。しかし、見た目の年齢は二十代前半と言ったところで偉い人なのだとしたら相当早く出世しているか良い血筋なのだろう。江戸時代の事情には詳しくないけれど、それくらいは考えられる。
「……わかった。じゃあ、晃生さん。ここは江戸時代で間違いないんですね?」
「江戸時代……ま、そうとも言えるのかもしれないな。将軍様もいらっしゃるしな。うん……」
まるで自分に言い聞かせる様な口ぶり。晃生は、続けて言う。
「お前、この江戸じゃ行く場所なんてないだろ。俺の家に居候してもいいぞ。行く場所が出来たら出て行けばいいし。家族やら使用人やらが多くて、神経質そうなお前は心休まらないかもしれないけどな」
これは有難い提案だった。現状、この時代に僕の居場所などないのだから。これに乗らない手はない。
「いいの? なら、そうさせて貰えると有難い……です」
「だから敬語はやめろって。お前は客みたいなモンなんだから、もっと堂々としてろ」
「はあ……。わかったよ」
そう言うと、晃生は笑顔を浮かべた。快活そうな印象を受ける、いい表情だ。まだまだわからないことが多いけれど、拠点が出来たのは収穫だ。
「じゃあ、俺はお勤めがあっから。今からこの部屋がお前の部屋だ、自由に使っていいぞ。んじゃ、また後でな!」
晃生はバタバタと部屋を出て行った。取り残された僕は、しばらくぼーっとするしかなかった。何だこれ、展開が早すぎて頭がついて行かない。
……とりあえず、寝よう。