目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第11話決着

 砂埃が完全になくなった。

 これで自分を守るものは存在しない。恵流は勝利を確信している。


「もう終わりよ刀君っ! いい加減に負けを認めなさい!」


 2丁のMAC11が再び動き出す。上部に設置されたセンサーが辺りの情報を恵流の網膜へと投影している。


「いくら音を殺したって、人間は生きてる限り熱を出し続ける生き物なのよ」


 熱源感知は『エアー・アトラージュ』の副次能力だ。自身が操る物体の周囲を能力者に伝達し、その情報を元に攻撃する。

 情報が視覚でないのは能力の個人差もあるが、人間の脳では複数の映像情報を処理しきれないというのが大きな理由らしい。だからより簡素な熱源で妥協していると本人に聞いた事がある。


「詩火や彩さん相手ならともかく、私なんかに勝てないのにカテゴリーAと戦ったって無駄死にするだけって分かったでしょ。あのレビアって女の子は私達に任せて、貴方は今までどおり普通に過ごしなさいっ!」


 やっぱりか、何となくそんな気はしていたが、ただの嫉妬で反対していたわけではなかった。

 恵流はいつも刀悟の選択を尊重してくれた。11歳の時にザウグと戦う事を放棄した時も含めて、心中はともかくとして異論や反対は決してしなかった。

 分家として本家の決定に従っていただけと考えていたが、実際はただ自分の身を案じてくれていたのだ。いつも自分よりも身内を優先してくれるあの子らしい優しさが心に染みる。


「悪い恵流ちゃん。また俺のワガママを聞いてくれ」

「っそこ!」


 謝罪を混ぜた挑発にまんまと乗った恵流は2丁のMAC11をこちらに向かって撃つ。同時に刀悟は身を低くしながら別の建物へと潜り込む。


「こんの、ゴキブリみたいにちょこまかと。逃げ回ったって後1分もすれば時間切れになるのよ!」


 もう少しという所で仕損じて怒りを顕にしている。


(思い通りにいかなくてイライラし始めてるな)


 恵流は元々戦闘向きの性格ではない。時間が過ぎれば自動的に勝てるのだからいっそ守りに入ってしまえばいいのに。熱くなって自分の手で決着を付けることに固執してしまってる。

 今自分に勝機があるとすればそこしかない。


 ダダダダダッ!


 怒りで視野が狭くなっている恵流に向かって壁越しにM4が撃つ。予想外の方向からの攻撃に一瞬焦っているが、すぐに防弾ケースによって防御される。


「いつの間にあんな場所まで、でももう逃さないんだから!」


 勝ちを確信してMAC11の片割れが向かってくる。取り付けられたセンサーを介して射線にある熱源を捉えている。


「終わりよっ!!」


 確実に当てるために真上から掃射した。熱源は今もその場に留まっている事から恵流は確かな手応えを感じている。高ぶった感情を表すように小さく鼻を鳴らす。


「ちょっと手こずっちゃったけど、勝ちには変わりないわ。これに懲りたら他の女に浮気なんて……」


 完全な油断。この一瞬で決着を付ける。


 刀悟は走った。M4の射撃位置からでなく、その正反対の方向から恵流へと肉薄する。


「へ?」


 完全に虚を突かれた形となった恵流は振り返るが、その時点で刀悟との距離は1mもない。

 理解しきれていないだろう。確かに熱源を確認したのになぜいきなり後ろから現れたのか。なぜ刀悟がインナー姿なのか。


「な、な」


 頭が追いついていない様子の恵流は、ほぼ無意識で後ろへと跳び、用心として待機していたMAC11とケースを自分へと向ける。


「もう遅いっ!」


 至近距離からMAC11をでたらめに発射し、弾の1つがこめかみを撫でるが、幸いこれは直撃判定ではない。ケースを踏み抜き。MAC11を裏拳で叩きつけ、怯える恵流に向かって右腕を伸ばす。


「何でぇ!?」

「スペルビアの体温調節機能を弄ったんだよ!」


 ドカンッ、という音が響く。同時に開始の合図と同じビーッという音が鳴り、頭上に建てられた大型モニターが恵流の敗北を知らせた。

 一緒に倒れ込み、ゴロンゴロンと転がって地面に残った砂埃を巻き上げる


「M4は自動で撃つように細工をしておいた。その程度の技術は齧ってたからな」


 硬い地面から受ける感触を背中に。自分に対して馬乗りになっている恵流の心地よい重みをお腹に受けながら、刀悟は一息つく。

 ギリギリだった。病み上がりだったというのもあるが、ガーディアンにとって生命線であるアビリティを封じられるのは人間で例えるなら手足を縛られたまま戦わされるに等しい。

 その状態から、元々戦闘が本分ではないとはいえ、全力でアビリティを使う相手に勝てた。道具はM4だけというルールだったのに防具のスペルビアの機能を利用するのは反則判定を取られてもおかしくないし、同じ事をやれと言われてもできないと断言できる。


「恵流ちゃん。俺の心配をしてくれてるのは感謝してる。確かに昨日今日会ったばかりのレビアの話を全面的に信頼するなんて甘すぎるし、もう能力を使わないなんて偉そうに言ってたのを反故にするなんて都合がいいと反省もしてる」


 勝利の余韻に浸る間もなく、冷静になった頭で今も上に乗っている恵流に話しかけた。


「理由は分からないんだけど、あの子を放っておきたくないんだ。自分には関係ないって無視したら多分後悔しそうだし、何より人間を守ろうとしてるレビアの言うこと全てが嘘とは思えないんだ。俺はこんなのでも一応は本家の当主だからさ、せめてこの街に潜むカテゴリーAを倒すまでは約束を破らせてほしい」


 恵流からの反応はない。予想だにしない敗北で呆然としているのか。はたまた理屈になってない説明に呆れ返ってるのか、どっちにしろどつき会は自分の勝利だ。古からの掟に従って納得してもらうしかない。ナイフアタックの決め手となった右手を動かそうとして。


 グニュ。


 五指を動かした瞬間、幸せな感触が右掌に浸透する。


「……え?」


 困惑の声を上げたのは同時だった。舞い上がった砂埃がなくなり、鮮明になる視界の先には、馬乗りになっている恵流の胸を揉みしだいている右手だった。


「お、うおおぉぉっ……」


 呆然と、自分に何が起こっているのか判断できていない恵流に対して、刀悟は完全に今の状況を理解した。あのナイフアタックの時は必死過ぎて感じる間もなかった。だが今は体操着の布越しに感じる彼女のモチモチとした巨乳が自分の手に収まっている。


 グニュ、グニュ。


 二度、三度。小さな体とは不釣り合いなメロンを揉み込む。彼女の方から腕や背中に当てられているのとは違う。自分の意志で、もっとも鋭敏な感覚である手の平で得られる触感は得難い幸福感を呼んでいる。


「や、やわらかい」

「いやあああああっ!!!」


 無意識にこぼれた本音に我に返った恵流が、甲高い声を上げながらアタッシュケースを顔面に叩きつけた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?