距離を取りながら刀悟は近くの崩れた壁を背にする。壁は赤いペイント弾によってみるみると変色していく。
恵流のアビリティ、『エアー・アントラージュ』は自身を中心に物体を浮遊させ、意のままに操る能力。ようするにサイコキネシスの類だが、物体を操る数と精度は比較にならない。
この能力を駆使する事で自分の手を使わずに銃を操り、トリガーを引く。昔見たロボットアニメのビットだかファンネルだかを彷彿させるものだとどうでもいい感想を浮かべる。
「恵流ちゃんめ。ペイント弾だからってお構いなしに連射しやがって」
MAC11は精密さよりも連射力を活かした近接での制圧射撃で本領を発揮する。まさに短機関銃のお手本のような武器だ。
勿論短所も多い。むしろ開発された時期もあってMAC11は短機関銃の弱点をほぼ網羅してると言って良い。
第一に継戦能力。毎分1000発を超える弾丸を発射する特性上、弾切れを起こしやすい。一般的に使われる32発入りマガジンなんてフルオートで撃てばカラになるのに1秒とかからない。
第二に命中精度。発射速度はそのまま銃の反動という形で現れる。いくら制圧射撃が目的でも射手が制御できなければ意味がない。熟練の兵士が弾を数発発射してはトリガーを離すという指切りを使っても制御が難しいと聞く。おかげでこうやって物陰に隠れるだけで命中の心配はいらない。
なら弾切れまでこの壁で大人しくするか。と考えていると、刀悟の横から上部にセンサーのようなものを取り付けた二丁めのMAC11がこちらに銃口を向けている。
「ああそういえばそうだったよ!」
発射されるより早く刀悟はそこから離れる。気づくのが少しでも遅れていたら蜂の巣になっていただろう。予想通りに獲物が姿を表したのを確認した恵流のニヒルな笑みが見える。
エアー・アントラージュは能力者を中心に半径50mまで物体を自由に動かす事ができる。だが平地ならともかく今回のような隠れる場所の多い市街地のフィールドでは目視に限界がある。
そこでMAC11に取り付けられたセンサーだ。恵流の能力はあのセンサーと連動して対象の熱源を感知する副次能力がある。大雑把にしか分からないし見えてるわけでもないので攻撃は当てずっぽうになるが、精密さよりも面制圧に優れたMAC11を使う分には問題にならない。
何とかこちらを見失ってるスキを狙ってM4をフルオートで発射する。だが弾丸はすべて恵流の周りを旋回するアタッシュケースに遮られる。
「やっぱり鈍ってるわね。当たりもしない攻撃なんて自分の位置を知らせるようなものよ!」
自動でマガジンが交換されたMAC11の弾幕が襲う。地面や壁に着弾したペイント弾の飛沫によって刀悟のスペルビアは少しずつ赤く汚れていく。
ヤケクソ気味にこちらを捉えるMAC11に向かって射撃するが、元が小型で空中を不規則に動く銃を狙って当てられるわけがない。
それでも撃ち続けなければならない。何もせずに逃げるだけでは未だに筋肉痛の残る体は限界が来てしまう。二丁のMAC11は常に十字砲火できる位置取りで射撃を繰り返している。つまり二方向からの攻撃にさらされているのだ。だから少しでも反撃して回避行動を取らせ、弾幕の密度を薄めなければならない。
(せめてベルディグリの眼さえ使えれば撃ち落とす事はできるんだが)
弾丸を撃たれた後から避ける動体視力にベルディグリの眼が加われば、公園でカテゴリーCの頭のみを撃ち抜いた時のように小さなMAC11を撃墜する事はできる。
だが今回はハンデとして自分はアビリティなし、挙げ句に本調子とは言えない。このままじゃ狩人になぶり殺されるだけの獲物だ。
万事休すか。半ば敗北を受け入れた時だ。フィールド一帯が濃密な土埃に覆われた。
「ちょっと、もう少しって時にフィールドギミックなんてっ!」
視界がゼロになっても恵流の甘ったるい声だけは明確に聞こえる。刀悟を音を殺しながら吹き抜けた二階建て家に立てこもる。
(助かった。あのまま戦ってたら間違いなく負けてた)
ランダム発生した土埃に感謝しながら状況を確認する。
M4は特に問題なし。だがMAC11から逃れるためにマガジンを4つ消費してしまった。残りは1つのみ。それに対して恵流は潤沢な弾を持っており継戦能力はバッチリ。自分の有利であるので精神的にも余裕がある。
逆にこっちのバイタルは最悪。病み上がりで無理やり動いたせいで次に襲われたら逃げ切る自信がない。
制限時間は後3分。このままでは時間切れとなって自動的に負けとなってしまう。
八方塞がりとはこの事だろう。油断してたつもりはないが、本音では恵流になら今でも勝てると考えていたからこの結果を引き起こしたと言っても過言ではない。
(なさけねえな。俺はこんな体たらくでレビアに協力するなんて言ってたのかよ)
一時的に標的を見失い。周囲をさまようMAC11と恵流を凝視しながら一息つき、自分の無様さを自嘲する。
情けない話だ。あれだけ嫌ってたアビリティを封じられただけで支援担当の恵流に手も足も出ないではないか。
六玄田家の血統は強力なアビリティが発現する傾向がある。中でも人間の最大の武器である視覚に関連したアビリティは重宝され、発現者の多くが当主の座に収まる。
だがそれは頼り切る事と=ではない。直接的な攻撃力がないからこそ己の心身を鍛え、眼からもたらされる能力と情報を活用する事に意義がある。逆を言えば眼抜きでも他を圧倒する戦闘力を保持して当たり前なのだ。
(今更になってご先祖の教えをありがたいと思うとはな)
刀悟は六玄田家の教えや信念を軽く考えていた。銃の有用性が認められた現在で、ザウグを相手に人体を鍛え上げる意味など相対的に薄くなっているのだ。だから六玄田家の、もっと言えばガーディアンの使命を滑稽に感じた。誰もが銃器という戦闘力を手に入れられる中で、特別に拘る事の虚しさを感じていたから。時代の流れを理解していたから祖母もムクロダ社という企業を立ち上げて戦闘以外の方法で人類に貢献する道を模索して、乗っかる形で恵流の両親も追従したのだ。
一度は特別を辞めると言った自分が今更頑張る理由なんてない。普通の人間は普通らしく、特別な人間にすべてを任せてしまえば良い。彩信を含めて彼女達は善人だ。例え相手が怪しい人間であっても親身になって……。
(レビア)
何気なしに反芻した名前。ふと視線を観戦室の方へと移す。まだ砂埃が舞っていて1m先も見えないが、その先に透き通るようなエメラルドのボブカットを携え、今もこの戦いを見守ってくれている美少女を思い出す。
(……何だろうなあ)
なぜそう考えてしまったのか。別に彼女を救う相手が自分である必要などないはずなのに。たまたまあの公園で最初に手を差し伸べたのが自分だったと言うだけで、5年前のあの子の妹ってだけなのに。
(彩ちゃんの言う通り。なぜか助けたいんだよなあ)
勝手な言い分だ。そもそも特別を嫌い、普通を目指しておいてなぜ彼女に拘るのか。
あの子が可愛いから? 多分それもある。
だがそれだけではないはずだ。美人な許嫁が三人もいて彼女に執着するのはなぜか。なぜ執着するのか。少なくとも理屈ではないのだから。
「なら、やるしかないよな」
砂埃のギミックが解除され、徐々にフィールドがクリアになっていく。
時間は後2分。絶望的だが、可能性がないわけではない。
「恵流ちゃんにも、もっと惚れ直してもらいたいしな」