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第9話分家との対決

 洋館の地下深くでホコリを被っていた待機室で、同じくホコリを被っていた服に袖を通す。

 白を基調として両肩に黒塗りの肩当てを施した、教会の関係者が身に着ける司祭服を動きやすくアレンジしたようなこの服は『スペルビア』と呼ばれる。ザウグとの戦闘を想定してムクロダ社の技術の粋を集めて制作された戦闘服だ。最新のボディーアーマーの技術も組み込まれた事で耐刃、耐弾の両面で優れているだけでなく、内部には体温調節用の機能も備えられている。


「着る事なんてないと思ってたんだがな」


 もはやガーディアンだけが戦う時代ではない。普通の人間ですら銃でザウグと戦える現代で、身体能力が優れるだけの人間が特別扱いされる事がおかしいのだ。

 わざわざ軍のボディーアーマーではなくこちらを選んだのは、刀悟なりのけじめであった。

 ムクロダ社のお飾り社長としてでなく六玄田家当主としてレビアと一緒に戦うと決めた。なら心構えだけでなく、形でも表そうという事だ。


(問題は戦う相手がなあ)


 心底ゲンナリとしながら、あらかじめ用意されていたM4カービンを手に持って待機室を出て、どつき会を行う場所まで足を運んだ。

 どつき会。

 一族の間で意見の対立が起こり、対話のみでの決着が困難であると判断された時、武力を持って意思決定を下す六玄田家のしきたり。

 ようするに殴り合って話をまとめろという乱暴なお祭りである。将軍家と協力関係にあった戦国時代の頃ならともかく、現代でこんなカビの生えた行事をやる事になるとは刀悟も想像だにしなかった。

 未だにベルディグリの眼を使った反動で体の節々が軋む中、勘弁してほしいのが本音ではあるのだが。


「とは言え、俺のワガママが原因なんだ」


 そう自分を納得させながら目の前の大きな扉を開けると、そこは広大な面積を持つ施設。元々はMBA社が提供するサバゲー用の地下空間だが、今回は決闘のために使う事となる。

 中央には仁王立ちする恵流がいた。金の混じった白髪のツインテール少女は自分と同じスペルビア、ではなく、彼女がグラビア界にデビューできなかった理由であり、刀悟にとっては最高のスタイルをとことん強調する出で立ちだった。

 彼女の豊かな乳房を強調する白い半袖上着と、鼠径部まで丸出しになっている濃紺のショートパンツ、いわゆるブルマだったのだ。

 恐らく突然のどつき会で準備ができなかったから、在学時に使ってた体操着をそのまま持ってきたのだろう。確かに今回はあくまでも模擬戦という形なので防御力はそれほど重要ではないが、男の欲望に疎い彼女らしいあざとさだ。


(え、エロいっ。だがまじまじと見るな。幻滅される!)


 あらゆる部位が刀悟の欲望を刺激する危険な格好。歯を食いしばり、伸びそうになる鼻を無理やり引っ込める。恵流の体ではなく見慣れた可愛い顔だけに集中する。愛嬌のある可愛い系の小麦色の顔はそれだけでも危険だが、16歳らしからぬスタイルよりはまだマシだ。


「女の子を待たせるなんて感心しないわね。男なら30分前には待機してるものよ。少しは気遣いってものを……」


 持論を展開していた恵流の口が突然止まった。刀悟を見るなり陶器のように輝く顔がみるみるうちに赤く染まり、バッとこちらに背を向ける。


「もう何であんなにカッコいいのよ。普段は女の子と見ればすぐ鼻の下を伸ばす情けない顔なのに、いつもよりキリッとして男らしくて。真面目に見れないじゃないの~っ!」


 などと可愛すぎる文句を本人は小声のつもりで呟いているが、素で天然なので丸聞こえである。この天然さのおかげで単にエロい妄想を誤魔化してるだけだという事実がバレてないのが救いだ。


「刀悟さん、凄い凛々しいお顔ですね」

「分かるよ。普段だってイケてるのに勝負服でバシッと決めてたら惚れ直しちゃうよね」

「どこがよ。絶対恵流にイヤらしい目を向けてるだけじゃない。途中で獣になってくれれば合法的に抹殺できるのに」


 フィールド脇の観戦室から見守るレビア達の黄色い声も合わさって、刀悟はニヤけそうになる。美少女にここまで褒められるのは悪い気はしないし、レビアから評価されたというのはより頑張ろうと気を引き締める理由にもなる。

 ひとしきり悶絶し終わったのか、恵流は平静を取り戻し、具体的なルールの説明をする。


「制限時間は10分。先に一撃を入れた方が勝利よ。使う弾は火薬を抜いた赤いペイント弾。近接は手で触れただけでナイフアタック判定よ」

「ハンデとして俺の武器はM4カービンだけだったな」

「そうよ。それと刀君が所持できるマガジンは今装填してるものを含めて5つまで。弾丸の状況は常にモニタリングしてるから、時間切れと弾切れになったら自動的にそっちの負けになるわ。勿論ベルディグリの眼は使っちゃだめよ」


 パチンと恵流が指を鳴らすと、だだっ広い施設の床の一部がせり上がり、崩壊した都市部のようなフィールドが形成される。

 実戦に近づけるために用意されたフィールドの一つだ。放棄された砂漠地帯の都市をモデルにしており、ランダムで砂埃などのギミックも発生する。


「私が勝ったら刀君は前線に出ずにあくまでもサポートに徹する事。あんな女のために戦うなんて絶対認めないんだからっ!」


 言うと、恵流の体が数センチほど宙を浮く。同時に両脇のアタッシュケースが勝手に開き、中から二丁の短機関銃(サブマシンガン)が現れる。

 長方形のスチール製の箱に申し訳程度のグリップと折りたたみ式ストックを取り付けたような、M4よりも遥かに小さな外観。大昔に倒産したMAC社のイングラムMAC11だ。原型となるMAC10をより小型化した、短機関銃というよりも、拳銃に連射機構を備え付けたマシンピストルに近い連射式の銃と、そのMAC11を収めていた2つのアタッシュケースが恵流の周囲を漂っている。


「お、おいっ!? アビリティを使うのは無しって話だろ!」

「あら、使用禁止は刀君だけで私は関係ないわよ? そもそも戦闘支援が本分の五十貝家相手にアビリティなしじゃ勝てませんなんて話にならないわよ」


 ビーッ! という戦闘開始の合図が鳴ると、恵流の周りを浮かぶ二丁のMAC11が火を噴く。毎分1000発以上も発射する驚異的な連射力で吐き出される9mm弾の雨が降り注ぐ。


「ふざっけんな畜生がっ!!」

「本家の当主がそんな汚い言葉を使わない!」

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