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第8話対立

「私は反対ですっ!!!」


 ダンッと、威嚇するように恵流はカーペットを踏みつける。普段からは想像もできない大きな音に、詩火を除いた全員が慄く。


「え、恵流ちゃん落ち着けって」

「CIAだのエージェントだの所属を客観的に証明する方法のないを女を信用するだけじゃ飽き足らず、協力してカテゴリーAを討伐しようなんて正気じゃないわ!」


 取り付く島もないとはこの事か。カテゴリーAの討伐はレビアと協力しようと説明してからずっとこの調子である。


「右に同じ。ただでさえ昨日の事件で鉄包市全体がピリピリしてるってのに、ここに来て訳のわからないよそ者のために動くなんて趣味じゃないの」


 そして、本来なら感情的な恵流を諌める側であるはずの詩火もこうだ。最悪でも中立に回ってくれて恵流を説得してくれるかもしれないという儚い願望は露と消えてしまった。


「あのなあ詩火。趣味とかそんな話じゃないだろ。カテゴリーAが街で暗躍してるのは事実なんだ。危険性は俺達の想像の上を行くかもしれないし、すぐにでも石化するかもしれないレビアを守る意味でも共闘は必須だろ」

「その話もどこまで信じて良いのやら。カテゴリーAの話は状況から照らし合わせて信憑性はあるけど、この女については嘘をついていないと断言できるの? まあ、仮に真実だとしても、ザウグに逃げられた間抜けってことには変わりないけど」


 詩火が冷徹な目線を向けると、終始無表情だったレビアの顔に変化が起こった。ぴくりと眉の端を動かし、露骨に不機嫌である事をアピールしている。


「随分な言い様ですね。別に信じてくれなくても構いませんけど、その場合この街が地図から消えますよ? 少なくとも貴女一人がどうこうできるレベルを超えてるんですから」


 自分が助けを求めている立場である事を忘れていないはずのレビアも、臆面もなく不信感を抱かれて良い気はしないらしい。だがこの場面で挑発をしても立場を弱くするだけだ。


「レビアも落ち着け。誰も君を黒だなんて言っていない……」

「お生憎様。こちとらNACの要請で数え切れないほどカテゴリーBを屠ってきた実績があるのよ。この街に潜んでるヤツがどのくらいヤバイのか直接見ない事には判断できないけど、少なくともガーディアンでもないくせに勇み足で挑んで負けるアンタに比べれば戦力になるわ」


 刀悟が諌めようとするよりも先に詩火が挑発に乗ってしまった。

 元々プライドが高く負けず嫌いな少女だ。祖母の代からすっかり銃器メーカーとして板に付いてしまった六玄田家の代わりにザウグと直接戦闘をしてきたという自負もあって、自分の実力を軽んじられるのが我慢出来ないのだろう。


「慢心という言葉がよく似合う女ですね。カテゴリーAの戦闘力は西側諸国が擁する特殊部隊二百人分と言われているのも理解してないのですか? たかだかカテゴリーB程度を倒しただけでそこまで誇れるなんて」

「言ってくれるじゃない。人様に尻拭いさせようとする女が」

「身の程知らずには言われたくありませんね。召使いの分を弁えず噛み付く品性のなさはそこの飼い主譲りでしょうか。当主が当主なら召使いも召使いですね」


 レビアの一言に部屋の空気が凍った。

 まずい。さっきまで反対派筆頭だったはずの恵流すら正気に戻り、冷や汗をかくこの状況は良くない。詩火の前で恵流をバカにする事が禁忌なのは身内全員の共通認識なのだから。

 二人の間に見えない圧がぶつかり合い、それだけで人を殺せそうな眼光が互いの中間点でぶつかり合う。


「オッケー、私だけならともかく恵流までバカにした事は宣戦布告と捉えたわ。アンタのことは勇敢に戦って死にましたってNAC政府に報告しておいてあげる」


 詩火の右手から灰色の粘土のような物が分泌される。分泌物はぶくぶくと泡のように増えて形を形成していき、鍔のない打刀のような形状に変化した。


 (詩火のヤツ、ここでアビリティを使う気かっ!?)


「地属性系のアビリティですか。その程度なら今の私でもどうとでもなりますね」


 相変わらず挑発をやめないレビアも臨戦態勢に入る。

 もう見てられない。下手に出るのはあくまでも自分達なので強く咎めなかったが、これ以上は傍観すれば洋館がぶっ潰れる。刀悟は未だに反動で軋む体にムチを打って割って入ろうとするが。


「はいそこまで。詩火ちゃんの言いたい事は分かるけどクレイボムはやりすぎ」


 先に動いたのは彩信だった。いつもの人好きのするオーラで詩火の後ろから両肩に手を置く。突然の行動に驚いた詩火は困惑しながらちょっと拗ねたように彩信に顔を向ける。


「何よ、彩は私の味方をしてくれないの?」

「勿論。事情はどうあれレビアちゃんはこの街のために危険を犯してくれた立場なんだよ。規約違反をした自分が軍や政府に見つかれば拘束されて人道に反する扱いを受けるかもしれないのに、そのリスクを知りながら私と刀悟君に説明してくれた。そんな子をさ、人間の自由と平和を守る戦士の末裔である貴女達に蔑ろにしてほしくないんだよね」


 声色はいつものお気楽な印象だが、内容は六玄田家や五十貝家の培ってきた価値観を誰よりも尊んでいる詩火を思ってのものだった。


「でも、それが罠だったらどうするの? こいつの言ってることが真実なんて誰も証明できないじゃない」

「罠ならもうちょっとうまく隠してるよ。仮に裏があるならそもそも単独で鉄包島なんかに渡島しないと思うけど?」


 そう言われた詩火は押し黙る。

 頑固で自分が正しいと思えばその考えに固執しがちだが、刀悟を除いて心を許している相手には素直な態度を取る。特に赤ん坊の頃から遊んでくれた姉代わりには恵流と同等以上の信頼を抱いている。

 それに、と彩信が人差し指を立てながら詩火の耳元まで顔を近づける。漆塗りの黒髪ロングと艶やかな金髪ショートの顔が近づいてとても絵になっている。


「理由はどうあれ刀悟君がアビリティを使うきっかけになってるんだよ。大好きな男の子が帰ってきてくれたんだから、むしろ感謝すべきじゃない?」


 あんまり隠せてない小声でそう語られて、詩火は名前の通り炎のように真っ赤になりながら彩信を払いのける。


「ば、バカ言ってんじゃないわよ! 誰がこんなエロ当主がだだ、大好きなんて……」


 さっきまでの勢いはどこへやら、今まで多くのザウグを葬ってきて、西側諸国の特殊部隊にすら一目置かれる戦士は、年頃の乙女さながらな反応を見せる。右手の灰色の刀をブンブン振り回したりしなければ、あまりのギャップに刀悟も惚れ直してしまう所だった。


「……確かに私も口が過ぎました。粘土女だけならともかくお友達にまで矛先を向けるのはあまりにも品がありませんでした」


 言うとレビアは立ち上がり、詩火の隣りにいた恵流に向かって深々と頭を下げた。恵流は予期しなかった対応に白いツインテールをぴょんぴょん跳ねながら慌てふためく。


「え、えと。そんな気にしてなくて良いのよ? 私だって貴女の事を何も知らないのにいきなり怪しいやつ扱いしちゃったし、その、お、お互い様だから」

「つうか謝るならまず私でしょ? 何で恵流だけなのよ。それと誰が粘土女だこら」


 露骨に蔑ろにされてご立腹になる詩火を宥め、彩信が咳き込みながら切り出す。


「人間の自由と平和を守る。それがこの国に根を下ろしたガーディアンと、その末裔である六玄田家の使命でしょ。レビアちゃんは形は違えど人類の大敵であるザウグと戦ってくれるんだから、これを助けないのは巡り巡って人類の損失になるよ」


 五十貝家に連なる詩火には重い言葉だった。わざとらしく大きく舌打ちすると、ベッドの刀悟に向き直す。


「先に言っておくけど、私はこの街をザウグから守るためなら手段を選ばないだけ。断じてこの女のためでも、ましてやアンタがまた戦ってくれて嬉しいわけじゃないから、勘違いするんじゃないわよっ」


 言葉の一つ一つをくっきりと発音しながら強調する様は恐ろしくある。ここでツッコミでも入れようものなら爆散させられそうなので刀悟は無言で頷くだけにした。


「悪いわね恵流。私が反対する理由はなくなったわ」

「ちょっと!?」


 唯一の理解者から手のひらを返されて、恵流は周りを見ながら拳を握りしめる。


「恵流ちゃん、ワガママは承知している。五十貝家に生かされてる俺が当主として命令なんてするつもりはないし、嫌だと思ったら協力しなくても恨まない。ただこれから俺達がやることをお偉方に黙ってくれるだけでいいんだ」


 卑怯な物言いに罪悪感が募る。こんな状況で協力しなくていいと言われて素直に納得する人間などいないし、心優しい恵流が困ってる人を見捨てられない性分なのはこの場にいる幼馴染全員が知っている。

 恵流は暫く黙っていると、絞り出すように声を出す。


「……良いわ。なら条件がある」


 条件? と刀悟は聞き返すと、再び床を大きく踏みつける。


「どつき会よっ! 六玄田家当主の力で私を屈服させなさいっ!」

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