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第7話協力

 彼女の言葉に打算は見当たらなかった。

 使命のためではなく、多くの人間が犠牲になることを嫌ってるからこそ出てくる悲痛な思いが伝わる。

 何で年端もいかない少女がここまで氏名に殉じているのか、正直分からない事の方が多くて鵜呑みにしてはいけないと頭では理解している。見た目は絶世の美少女だが、その正体は黒い噂の耐えないスパイ組織のエージェントだ。どこまで真実を話しているのか分かったものではない。

 相手がカテゴリーAだからって個人の能力には限度があるのだ。鉄包基地の軍隊を使えば少ない犠牲で解決する。特別な人間なんか、ヒーローなんかいなくたって問題ない。とりあえず人様の土地で勝手な行為をしているレビアを拘束し、あとは日防軍に全て丸投げしてしまえばいい。


(何でだ)


 もっとも無難で安全な選択肢なのに、なぜか彼女を見捨てたくない。そう考えている自分に違和感を覚えている。

 関わればロクな目に合わない事なんて分かりきっているはずなのに。それで痛い目を見たから普通になりたいと思っていたのではないのか。それこそ5年前に彼女の姉から受けた仕打ちだって。


「事情は概ね把握しました。これは黙って見過ごせませんねえ」

「は?」


 はつらつとした彩信の言葉に、自問自答を繰り返していた刀悟が間の抜けた声を上げる。


「こんな可愛い女の子にお願いされて断るような非人道的な行為なんてできません。ここにいる六玄田家現当主。六玄田刀悟とこの私が、レビアちゃんの戦いをサポートしてあげましょう!」


 濁りも迷いもない勝手な宣言。刀悟は勿論、レビアですらぽかんとなるばかりであった。


「な、おい彩ちゃんっ!?」


 勝手に決めるなと詰め寄ろうとするが、彩信は左人差し指を刀悟のおでこに突き立ててそれ以上の動きを封じる。


「はいはい。言いたいことを代弁してくれた女へのハグなら後で受け取るから、今は空気を読んで」

「あの、刀悟さんは迷惑がってるように見えますけど?」

「ああ気にしないで。この子は貴女を助けたくてしょうがないって思ってるので。素直になれない恋人の心中を察してあげるのもできる女の仕事ですから」


 助けたくてしょうがない。それを聞いてさっきまで申し訳なく思っていたレビアの顔が再びかあっと真っ赤に変化していく。

 レビアの赤面につられて同じように恥ずかしくなった刀悟はさらに声を荒げる。


「お、おま。何を根拠に言ってるんだ!」

「見殺しにできないくせに何を悪ぶってるのかなあこの子は」


 突き立てている人差し指に力を込めて無理やり仰向けに寝かせる。


「どうせ何も言わなかったら内緒でレビアちゃんに協力してたでしょ? 君に惚れてる女の観察眼見くびってほしくないな」


 いつの間にか真面目なトーンで語りかける彩信に、刀悟は押し黙った。

 そんなことはしないと口にするのは簡単だ。だが冷静になって彩信がいなくなった後、そのままレビアを拘束していたのか。先の事まで考えて本当に躊躇しないかという疑問に即答はできない。


「そんなの、分からないだろ」

「口先でどれだけ悪ぶろうとしても、根っこはどこまでも変わってないのは知ってるんだから。理由なんてあの詩火ちゃんが君を軽蔑はしても見限らないという事実だけで十分だよ」


 自他共に厳しく、曲がった事が嫌いな幼馴染と、昨夜の彼女とのやり取りを思い出し、バツが悪そうに刀悟は顔を背ける。


「それにさ。ザウグの驚異が迫ってるならどっちにしろ行動しなきゃいけないでしょ。自分の運命に関係なく、街を守るために精一杯頑張れって、先生も言ってたでしょ?」


 そう言う彩信は懐かしむように微笑む。それはずっと昔に死んだ刀悟の祖母、彼女にとっての恩人を思い出す時の表情だ。


(ずるいだろ、それ)


 祖母の話をされては強く出られない。彩信だけでなく、刀悟にとっても大切な身内であり、厳しくも自分の意志を尊重してくれた師の教えは、六玄田家の使命に嫌気がさしていようと背くなんてできないのだから。


「ああもう分かったよ」


 観念して降参と両手を上げると、彩信は再びにんまりと笑いかける。

 ほんと敵わないなと呆れながら、刀悟は未だ頬を赤らめるレビアに向き合う。


「レビア。そのカテゴリーAの討伐、俺達にも手伝わせてくれ。もちろん、君の事はNACにも日本政府も情報を漏らさないから、そこは安心してくれ」


「ま、待ってください。私はただ政府の人間などには内密にしてほしいと思っただけで、そ、そこまでしてほしいなんて」


 レビアは一瞬戸惑ったようにあたふたするが。しかしすぐにほんの少しだけ口元を歪め、儚げな微笑みを浮かべる。あまりにも男心をくすぐる極上の笑顔に、刀悟は空気を読まずに再びマヌケな顔を晒しそうになる。


(や、やっぱりクソ可愛いなあ)


 花のように可憐な姿が、やはり彼女の姉と重なってしまう。


「ま~た頭の中で女の子を押し倒してるよこのムッツリは。しかし私達だけだとどうしても人手不足だなあ。どうせならもう少しだけ……」


 彩信が言いかけると、ドタドタと壁越しに騒がしい音が聞こえてくる。騒音は少しずつ大きくなっていき、扉の前で一瞬静かになったかと思うと。


「彩さん! 刀君が目覚めたって本当っ!?」

「ちょっとエロ当主! アビリティを使ったんなら早く言いなさいよ! 言ってくれれば私が協力してあげるってのに!」


 ガタンと金具が外れ、扉が床に向かって倒れると、恵流と詩火がまくしたてるように現れた。

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