目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第5話少女の正体

 ありえない。成長に個人差があると言っても、当時11歳だった刀悟と同じくらいの背丈なら彼女も同年代と見ていいはず。そこから5年も経って身長すら伸びないなんておかしいとしか言えない。


「残念ですが私は貴方の知っているレビアではありません」


 言うと、レビアはポケットからプラスチックのカードをこちらに見せる。そこには彼女の顔写真と、Central Intelligence Agencyという英文字が記されている。


「CIA?」


 刀悟は怪訝な表情で読み上げた。

 CIA。

 超大国アメリカが第二次世界大戦後に設立した情報機関だ。合法、非合法を問わずに世界中から情報を収集するスパイ組織だ。

 現在は同じアメリカ大陸に存在するカナダとメキシコと政治的、軍事的な融合によって生まれた共同体、NAC(ナック)の国益を第一に活動している。


「レビアとはCIAのエージェントが共有して使うコードネームの一つです。現在この名前を使ってるのは私と姉ですけどね」

「はあ!? 姉だって!」


 淡々と事務的な説明だけをするレビアに、刀悟は驚愕の声を上げる。

 子供の頃に出会った女の子が世界有数の情報機関に所属しているというだけでも現実感がないのに、それだけでなくまったく同じ姿形の妹が現れる。

 こうやって目の前でIDカードを提示されても、現実感がなさすぎてめまいを覚えてしまう。


「ほらほらレビアちゃん、刀悟君は目が覚めたばっかりなんだから、いきなり新事実のオンパレードを披露しても混乱するだけだって」

「誤解されたままでは私が困るんです。初対面で馴れ馴れしくされても不愉快なので」


 多分に嫌味を込めながらレビアがIDカードをポケットに戻すと、間に入っていた彩信は刀悟に向き直し、小さく咳き込む。


「とまあこんな感じで、この子は大昔に刀悟君のハートを奪って行ったらしい憎きレビアちゃんとは別人らしいのです。だからこれ以上誤解するなよ」


 人差し指を上に向けながら芝居がかった仕草で注意を促す彩信。態度から見て自分が寝ている間にある程度事情を聞いているようだ。


「……別に奪われたわけじゃねえよ」


 誤魔化すように彩信を押しのけると、刀悟は改めてレビアと向き合い、小さく頭を下げた。


「とりあえず、君とお姉さんを間違えちゃったのは悪い。あんまりにもそっくり過ぎて別人だなんて思わなかったんだ」

「……分かってくださったのなら問題ありません。そっくりな自覚はありますし、貴方にとって姉が大きな存在であったのは知っていましたから」


 よほど意外だったのか、予想だにしなかったらしい謝罪に、彩信はプイっとそっぽを向きながらも納得してくれたようだ。


(見た目や声だけじゃなく照れ隠しの挙動までそっくりとはな……)


 愛らしい姿に男心をくすぐる振る舞い。どこまでも刀悟の知る5年前のレビアと瓜二つだった。

 姉妹でここまで似るものなのか? という疑問が尽きないが、その疑問が顔に出るよりも先に彩信が改めて話を切り出した。


「さて、当主たる刀悟君が目覚めたんだから話してもらおうかな。何でCIAのエージェントが許可もなく鉄包島に入って、しかもザウグと戦ってたの?」


 いきなり核心を突く彩信。

 そうだ。いくらCIAが超法規的な権限を持つと言っても、他国の土地でエージェントが許可なく入り込み、あまつさえ戦闘行為をするなんて外交問題でしかない。

 しかもここは日本政府から自治権を持つ鉄包島。正体が露見した時のリスクを理解できないなんて考えられない。そもそも工作員という立場上、外国で行動するなら身分を秘匿するのが常識のはず。なぜ自分からCIAであると明かしたのか。


「……」


 沈黙が部屋を支配している。

 迂闊な発言をすれば身の危険が及ぶ状況で、レビアは小さく息を吐く。


「本来は規則違反なのですが、CIAの面子なんて私にとってはどうでもいいですし、今は任務の達成が優先される状況ですね」


 言うが早いか、レビアは白と黒のドレスのお腹部分を捲り出す。細くとも健康的で柔らかそうな脇腹の色香に思わずおぉっと感嘆の声を上げる刀悟に、ハッとなって赤面しながら睨みつけてくる。


「ごめんねえレビアちゃん、この子は常に女の子に対して欲望丸出しの空気読めない超ムッツリだから」


 まるで警察の前で頭を下げる不良少年の親のように謝罪する彩信に、刀悟は弁明しようとするが、状況的に不利は否めず、諦めて押し黙る。

 レビアもそれで一応納得してくれたらしく、改めてお腹を見せる。彼女の絹のように美しい純白のお腹の一部がまるで鉱物のように変色している。


「な、何だそれ……」


 大理石のように美しい肌を侵食するように広がるシミはあまりにも場違いだった。さらにレビアはその変色した部分を軽く小突くと、コンコン、と文字通り鉱物を叩いた時のような音が鳴り、刀悟は絶句する。


「対象を石化させることで生物から魔力を奪うというアビリティです。今は薬で無理やり抑え込んでいますが、このままではあと数日で全身に広がります」

「せ、石化のアビリティだって? しかも魔力を奪うってそんなの」


 ありえないと否定したい衝動が湧く。少なくとも刀悟の知る限り相手から魔力を奪うようなアビリティを持つガーディアンは存在しない。

 ガーディアンとはザウグを倒すために自然発生した人間にとっての防衛装置。自身から湧き出る魔力によって超常的な異能力を発揮するのであって、他者や環境から奪うという機構はありえない。事実、長い歴史を持つ六玄田の一族にも、海外で活動する公認ガーディアンの中にもそのような性質は確認されてないはず。それができるのは。


「お察しのとおりです。これはカテゴリーAザウグによって付けられた攻撃で、そいつは現在この島に潜伏しています。目的は恐らくこの島と島民60万から魔力を奪い、自身を強化するためです」


 その言葉が刀悟の体にのしかかった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?