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第4話瓜二つ

 お前は紡ぐ者だ。

 物心が付いて最初に祖母に聞かされた言葉がそれだった。

 まだ人間が剣や槍だけで戦っていた時代。忍者の源流として製造、諜報、暗殺、合戦を請け負い、時の将軍家を影から支えてきた六玄田家は、しかし本来の目的を忘れなかった。

 いつか世界からザウグを滅ぼすその時まで、緑の眼を後世に残す。

 自分と父に宿らなかった世界を救う眼を先の時代に託せ。終わらせる者が現れるその時まで。

 齢70に届く祖母から伝えられた言葉の重みを、幼い刀悟は理解できなかったが、言いつけを守る事が将来を約束された二人の分家の少女と姉貴分を守る事に繋がると理解していた。

 7歳から銃火器の知識と訓練を、8歳から修行の名目で野生動物の狩猟による実戦を繰り返すのも苦ではなかった。一つの事を達成するたびに幼馴染達に頼られ、好意を持たれるたび、次の苦難へ挑む活力が湧いてきた。

 9歳の時に祖母がカテゴリーAと相打ちで死に、世間が自分達を変わり者と呼んで孤立を自覚するまでは。



 意識が覚醒すると、そこは見慣れた天井だった。


「あれ、ここは、家?」


 上半身を起こして周囲を見渡す。ロウソクに見立てた電気灯と、いかにも金がかかってることを連想させる壁や床に施された模様。西洋贔屓の先祖が当時の建築家に作らせた古き良き内装は、間違いなく刀悟の住む洋館だ。


「あれは夢だったのか?」


 なわけないだろと心中で突っ込みながら、公園での出来事を反芻する。

 かつて恋した女の子が、一般人が銃を持ってようやく戦いになるかどうかというザウグを相手にやられそうになったので、ベルディグリの眼を使って助けてあげた。

 うん、夢かもしれない。あまりにも自分に都合の良すぎる展開すぎるだろと現実逃避しようとすると。


「失神から目覚めまでおよそ15時間か。久しぶりのアビリティは負担が大きかったみたいだねえ」


 突然聞き慣れた声に驚いて顔を向ける。そこには黒曜石のようにきらびやかな黒髪を腰まで揃え、フリルの付いたへそ出しトップスを着こなす見慣れた女性が、人好きのする笑顔で両腕を組んでその大きな胸を支ている。


「彩ちゃん、何でここに」

「何でって、昨日ザウグの反応をたどって公園まで出動したら、刀悟君がぶっ倒れてたからここまで運んだんだよ」


 まるで手間のかかる弟に説明するように、姉貴分の藤彩信(ふじあやのぶ)は応える。やっぱりあの出来事は夢じゃなかったのかと驚くよりも前に、都市部に近い公園から遠く離れた山奥の洋館まで運ばせてしまった事に申し訳無さが募る。


「悪い彩ちゃん、俺も今さら使うなんて思わなかったから」

「ほんとしょうがない子だよねえ。でも私は恋人に都合の良い女だから、お礼はファミレスデートで手を打ってあげようかな。勿論恵流ちゃんと詩火ちゃん抜きの二人きりでね」


 首を肩に寄せながら小さくウィンクする仕草に、深くにもときめきかけた。8歳も年上とは思えない、いい意味で子供っぽい彼女だが、昔から自分を含めた三人はお世話になったものだ。さらには航空機と名の付く物なら大抵乗りこなせてしまう菊和空軍の少佐と、恵流とは属性の違う完璧超人だ。


「そうだ、あれが夢じゃないんなら、俺の近くに女の子がいたはずだっ! 彩ちゃんとよりひとまわりは小さくて緑色の髪で白と黒のミニスカドレスを着た見た目も声も全部可愛い女の子なんだけど!」


 布団を押しのけてベッドから立ち上がろうとするが、足に力が入らずに倒れ伏してしまう。予想以上に力を消耗してしまったようだ。彩信はしょうがないなと刀悟の腕を掴んで自分の肩に回す。


「はいはい無理しないの。ベルディグリの眼は普段使いして慣らさないと負担が大きい眼系統のアビリティ。5年間も使うのサボってた分、反動が一気にきてるよ」

「……忘れてたよ。もう二度とこんな眼を使わないと思ってたから」


 ベッドへ腰を下ろし、刀悟は自分に備わった左眼について思い返す。

 弾丸を撃たれた後から避けることのできる動体視力と身体能力を持つ特異人間、ガーディアンにはそれぞれアビリティと呼ばれる固有能力を備えている。

 ベルディグリの眼の場合は『保有者が装備している武器の性能を高める』。

 武器の性能とは身体能力の上がった保有者に合わせたものだ。剣や槍なら切れ味だけでなく、大概のことでは壊れない耐久性も含めるし、元々壊れていたものすら修復してしまう。

 すべての武器に適用されるわけではなく、保有者によって武器との相性がある。歴代の当主だと刀や薙刀、変わり種で義手などがあったらしい。

 刀悟の場合はそれが銃だ。中でも現代の軍隊で広く普及しているアサルトライフルやサブマシンガンなどの弾丸を高速でばら撒くタイプが一番である。

 だがただでさえ構造が複雑な銃火器を常に完璧な状態にしてしまうこの能力は脳への負担も激しい。幼い頃はうまく制御できずに勝手に銃の状態を維持させてしまって何度も寝込んだ経験がある。忌々しい能力だと内心毒づくと、さっきまでの人好きのする笑顔から一転、人の知られたくない秘密を知った時のオバちゃんのようないやらしい顔へと変化する彩信。


「へえ、そんなに嫌ってたはずのアビリティを今更になって使ったんだ~。たとえ助けを求められても見捨てるとまで言い切った刀悟君がねえ~」

「っ、ひ、非常事態だったんだ! いきなりザウグが現れて俺以外に何とかできる状況じゃなかったからしょうがなくだ! あのまま放っておいたらあの子が死んでたかもしれなかったからで」

「なるほど、その子のために挟持を捨てたわけか。さすがはラッキースケベの申し子。女の子と見れば見境いなくて困ったものだ」


 非常に不本意な誤解を語るが、刀悟は思わず声を荒げて反論する。


「相手が悪人以外なら誰だろうと手を貸してたわ! そもそも、そうでなくてもあの子は、……大事な人なんだ」

「なるほどね。こんなに想われてるなんて羨ましい限りだよ。ねえレビアちゃん?」


 彩信がニヤけながら語りかけると、後ろの扉が音を立てて開き、その先には氷水の入った桶と濡れタオルを持った美少女、まさに話題の中心である少女が入ってきた。


「レビアっ!」

「よくもまあ初対面を相手にそんなクサいセリフを吐けるものですね。見た目に似合わず軟派な人なのでしょうか」


 顔を赤らめながらも、心底軽蔑するような眼差しを刀悟に向けるレビアの反応と、何よりも言葉に思わず間の抜けた声を上げる。


「し、初対面って、何を言ってるんだ。俺は」


 言いかけたところで、刀悟は改めてレビアを見る。透き通ったエメラルド色の髪を丸く整えたボブカットに白と黒が入り交じる丈の短いドレスを着こなす姿。それは間違いなく5年前に出会ったあの時のままの姿だ。そう、何もかも一緒だった。


「何で、変わってないんだ?」

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