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第3話ベルディグリの眼

 ただならぬ気配を感じ取ったのか、観察に徹していた十匹のラプトル型が一斉に飛びかかる。刀悟は後ろの少女を抱えると同時にラプトル型達の攻撃を躱す。

 まるでスローだ。カテゴリーBとAと比較して身体能力に劣るカテゴリーCが相手なら回避など余裕だ。


「っきゃ!」


 突然お姫様抱っこされた少女の短い悲鳴が心地よい。それだけで刀悟のやる気はみるみる上がっていくのだ。


「悪い、すぐ終わらせるよ」


 そう言って刀悟は少女の持っていた拳銃を右手に持つ。それで初めて少女の使っていた銃の正体に気づいた。

 日防軍を含めた西側諸国で使われているP226だ。かつて米軍の制式採用されたベレッタ92Fとトライアルで最後まで張り合ったとされる優秀な軍用拳銃である。

 その汚れ具合からロクな整備もされないまま酷使されていたのが分かる。スライドを引こうとしてもまるで接着剤で固められてるかのようにびくともしない。少なくとも一度バラさなければまともに使えたものではない。

 十匹のラプトル型も最初こそ刀悟の行動に警戒していたが、それがハッタリであると本能で感じ取って再び飛び掛かった。

 その行動は間違ってはいない。左腕に女の子。右手に使えない銃。誰が見ても絶望的だ。


「終わりだ」


 だがその中で勝利するために、この左眼はある。

 眼球から漏れ出すエネルギーが右手を通してP226に流れると、変色していた本体は、まるで新品同様の重厚な黒さを取り戻した。そして。


 ダダダダダンッ!


 勢いがついて急な方向転換ができないラプトル型達に向かって、トリガーを引く。

 火薬に押し出されて発射された9mm弾は10発。その全てがラプトル型の頭部を撃ち抜いた。

 重要部位である頭脳を撃ち抜かれて生きながらえる生物などまずいない。凶暴なヒグマすら一対一で完勝してしまうはずのラプトル型は、さっきまでの凶暴さが嘘のように静止し、静かな断末魔を上げながら倒れ伏した。


 ベルディグリの眼。


 刀悟が持つ固有能力、アビリティである。

 人類の脅威、ザウグと戦う事を古より運命付けられた、超能力者『ガーディアン――特異人間――』。

 六玄田家と五十貝家は、菊和国に住み着いたガーディアンの流れを汲む一族だ。

 この左眼の前では、故障や不具合と言ったイレギュラーは起こらない。

 刀悟が望む限りあらゆる破損は修復され、発射された弾丸は常に最高のポテンシャルを発揮する。

 絶命した十匹のラプトル型は黒い粒子となって消えると、辺りの空気も元通りになった。カテゴリーCによって歪められた環境が修正されたのだ。


(グリップの握り心地がイマイチだな。フレームもスライドとの噛み合わせが悪い。使ってる素材の品質からしてハンドメイドだと思うけど、この程度の完成度じゃ軍のトライアルには参加すらさせてもらえないぞ)


 普段から銃というものに関わってきた立場から出る辛口評価をしつつ、手癖で安全装置をかけて後ろポケットに収める。


「……凄い」


 全てが終わった後、少女は腕の中で感嘆の言葉を漏らした。ほんのりと頬を朱色に染めながら熱い視線を感じ取り、ようやく刀悟は今の状況を再認識する。


(た、戦ってる時は分からなかったけど、すごいお尻が柔らかい。ドレスが薄地だから、ダイレクトに感触が伝わって)


 衝撃で落とさないようにと力強く握り込んでいたので、左手の五指は少女のお尻に沈むように揉んでいた。


「あの、どうしたんですか?」

「い、いや。何でもない!」


 気づいてない事にこれは幸いと少女を地面に下ろす。白と黒に彩られた丈の短いドレスが風を受けてふわりと浮かぶ。一瞬、ミニスカの下にある緑色の何かが視界に入るが、気づかないふりをする。

 改めて対面する少女は、どこまでも魅力的だった。

 現実感のないドレスに草原のように澄んだ色のボブカットは幻想的で、黄色い瞳を僅かに潤ませながらこちらの顔を見上げる仕草に心臓を締め付けられるようだ。そう、5年前と変わらず。


「……レビア」


 刀悟の口から無意識に漏れ出た三文字に、少女はハッとなりながら口元を抑える。


「どうして」

「どうしてって、忘れるわけが……っ」


 言いかけた瞬間、ぐらりと視界が歪んだ。同時に全身から激痛が走り、吐き気と一緒に地面に膝を付く。


(クッソ、5年のブランクがここまでキツいとは。だからこんなアビリティ、ほしくなかったんだよ……)


 少女の心配そうな表情が見えなくなるほど真っ暗になり。意識がそこで途絶えた。


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