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サロゲートのレビア
軟体ヒトデ
現代ファンタジー異能バトル
2024年12月10日
公開日
32,846文字
連載中
六玄田家。それはザウグと呼ばれる異形のクリーチャーと戦うことを運命づけられた異能の一族。
六玄田刀悟は当主でありながら過去の出来事からその役目を放棄し、表向きの家業である銃器企業のおかざり社長として怠惰に過ごしていた。ある日、仕事からの帰り道にカテゴリーCザウグと戦う少女、レビアを助けるために封印していたアビリティを使用する。レビアはCIAのエージェントを名乗り、街に潜むカテゴリーAを倒すために協力してほしいと申し出る。最初は難色を示した刀悟だが、彼女の姿が5年前に出会った少女と瓜二つなのがどうしても気になってしまい……。

第1話お飾り社長の日常

 日本防衛軍、日防軍基地の射撃ルームで調整した銃を試射する。それが六玄田刀悟(むくろだとうご)の仕事である。


『緊急速報です。本日メキシコ政府は国内で最大規模の麻薬カルテルの壊滅を発表しました。政府は今回の壊滅によって国内の治安は回復し、人類の敵『ザウグ』の殲滅に向けた政策をNAC(ナック)――ネオアメリカ共同体――の加盟国と共に打ち出すと語っております』


 壁に立てかけられた薄型テレビから、いつもの夕方放送とは異なる放送が流れていた。頭髪が怪しくなっているニュースキャスターが淡々と読み上げる映像に、刀悟は嬉しくない絵面だなと目線を正面に戻した。

 刀悟の目線の先には、中心に赤い点が入った的がいくつも並んでいた。距離にして25m。軍や警察が都市で銃撃戦をする距離だ。多少の不安を感じながらM4A1カービンライフルを両手で構える。アサルトライフル(突撃銃)のカテゴリーに属するこのライフルは、前身となるM16の銃身を切り詰めて取り回しを向上させたカービンという改良を施した銃で、16歳の刀悟が持ってもかさばることなく構えることができる。この地球でもっとも強大な軍事力を有するアメリカを中心としたネオアメリカ共同体『NAC(ナック)』と、刀悟の住む日本の軍事組織、日本防衛軍――日防軍――を支えている主力小銃である。

 スコープに描かれたレティクルの中心に的を重ね合わせ、トリガーを引く。防音用のヘッドセットでも遮切れない爆音が銃口から連続で発せられる。

 30発入りのマガジンを空にするのに2秒とかからない。弾丸は的の中心を穴だらけにしていた。


「良し、この距離でも銃本体と弾丸の相性も大丈夫みたいだな」


 不安は杞憂に終わった。点検から調整まで完璧にこなしたことを自画自賛しながら頷く。射撃ルームに漂う火薬の臭いに顔を歪めながらヘッドセットを外して振り向くと、出入り口の扉から見慣れた人影が現れた。

 健康的で薄く焼いた褐色の肌と、それとは対照的に絹糸を連想させる透き通った金色がかった白い髪を両サイドに束ねた少女。幼馴染にして縁戚の五十貝恵流(いそがいえる)が立っていた。両手には女の子らしいデザインの籠を携えている。


「刀(とう)君、お疲れ様」

「恵流ちゃん。わざわざ基地まで来てくれたんだ」

「当たり前でしょ。これでも社長様の秘書なんだから。その顔だとうまくいったみたいね」


 男心をくすぐる甘い声質で、恵流はトコトコと近づいてきた。小動物のように愛らしい仕草に、刀悟も思わず頬がゆるむ。


「まあな、失敗するとは思ってなかったけど、そこは俺だから。これならお飾り社長なんて言われる心配はないな」

「ふふ、相変わらず調子が良いんだから。なら一息入れましょう」


 そういえばもう夕食の時間か。空腹の音に気づいて近くの長椅子に腰掛ける刀悟に、恵流は同じく隣に座って籠のフタを開ける。掌に収まりきらない程の大きな米の塊にこれまたバカでかいハートマークの海苔を貼り付けたおにぎりが顔を出し、思わず苦笑いする。


「あ、あのさ恵流ちゃん。一応ここは仕事場なんだから、爆弾おにぎりにハートマークは恥ずかしいっていうか」

「ば、バカ、これは手癖みたいなものよ! さっき彩さんにも同じもの渡したんだかからいちいち意識するな!」


 両サイドの髪を跳ねながら爆弾おにぎりを乱暴にぶつける恵流。生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染の愛らしさは、自我が形成された時から変わっていない。

 それほど器用でもないのに手癖なわけがない。しかしそれを指摘すると後が怖いので、そりゃすみませんね、と刀悟も作り笑顔で応えて巨大おにぎりを頬張る。

 中の具材は昨晩作りすぎた焼き肉の切れ端。16歳の男にとっては嬉しいおかずだ。相変わらず自分の好みを完璧に把握している。


「こんなでかいおにぎり持ってよく来れたもんだな。洋館から鉄包基地まで結構な距離あっただろ」

「私はアンタと違って送迎車を使ってるの。企業の代表なんだからもうすこし気をつけなさいよね」

「悪いと思ってるよ。でもこの付近でザウグが発生するなんて滅多にないし」


 言い訳になってないと子供を叱りつけるようにめっと言いながらチョップをしてきた。昔から恵まれた才能の代わりに同年代に比べて非力な腕力から繰り出されるチョップが微笑ましい。


(可愛すぎだろこの幼馴染っ)


 自然に男の琴線を刺激する。あざとい仕草にごちそうさまと感謝しながら傍らに置いたカバンから空き缶状の物体が入ったパッケージを取り出す。


「食べてる時は他の事しないの。行儀が悪いわね」

「時間がもったいないんだよ。ウチで開発されたスタングレネードが信用できないから調べてほしいって彩ちゃんにサンプルを渡されてさ」


 それくらい自分達でやってくれよな、と刀悟は笑いながら愚痴ると、恵流はそれ以上咎める事はなかった。昔からまとめ役として頼りにしてる姉貴分からのお願いでは彼女も強くは出られない事を刀悟は良く知っている。

 パッケージにはグレネードを開発した企業とその代表である刀悟の名前。そしてそれよりもデカデカと書かれた開発者の顔写真付きの名前が貼り付けられている。国防軍の人間が不安視する理由の大部分を締めてそうな中年男性のドヤ顔に、恵流は顔をしかめる。


「何よパパったら自分が開発したんだって強調しちゃって。あくまでも本家を支える立場なの忘れてるとしか思えないわ」

「そう言うなって。実質ムクロダ社を動かしてるのはオジさん達で、俺は名義貸しみたいなものなんだから」


 形式的な代表は自分であるが、海外にまで影響力を持つムクロダ・バレット・アームズ社を今日まで守ってきたのは恵流の両親だ。直接交渉や専門知識などを持つ彼らの存在があるからこそ、ムクロダ社は現在も大手企業として振る舞えているのは否定しようがない。


「だからってこんなの乗っ取りじゃないっ! 総責任者は刀君のはずなのに企業方針から資産運用まで完全に私の家系が管理するなんて、今住んでる洋館だって五十貝家の名義になっちゃってるのよ!」

「六玄田家の当主が未熟なら五十貝家がこれを支える。オジさん達は分家の義務を果たしてるだけだよ。本当なら追放だってできる立場なのに形だけでも社長の席を譲ってくれてるから、こうして日防軍のカスタム銃の試験運用っていう仕事まで用意してくれてるんだよ。……まあ調子乗りすぎてるから鉄包基地の偉い人も微妙に信用してないみたいだけどな」


 我こそは一族の影の支配者なり。酒が入ると必ず溢れる本音を思い出して刀悟は喉まででかかった笑いを堪える。

 無償の善意というわけでないことは承知している。お金に汚いのは企業の人間ならしょうがないと思えるし、絞れる所は絞りつくそうと考えているのは長い親戚付き合いで身にしみている。

 生まれて間もなく両親を亡くし、9歳で本家の代表だった祖母を亡くして何の力もない自分を我が子同然のように可愛がり、力関係が逆転していても六玄田家を本流として立ててくれているのは16の刀悟にも理解できる。


「……ならさっさと身を固めなさいよ。21世紀にもなって他人同然の縁戚相手に本家だ分家だって拘るなんて時代遅れだし、アンタが認めてくれれば、パパ達も刀君の処遇に頭を悩ませずに企業運営できるんだから」


 蚊の鳴くような声を絞り出したかと思うと恵流は刀悟の肩に頭を預けた。男ではいくら香水やボディソープを付けても真似できない甘い香りが鼻をくすぐり、ドキリと心臓が高鳴る。


「え、恵流ちゃん?」

「私も16歳になったのよ。本当なら貴方がはっきりさせないとお見合いとかしなきゃいけないのに、ママ達が気を使ってくれてるから自由にできるのよ。まあ、仮にお見合いとか紹介されても絶対やらないけど」


 煮詰めたトマトソースのように紅潮させながら、刀悟の腕に自分の両手を絡ませ、同年代よりも大きく膨らんだ胸をわざとらしく当てる。恥ずかしさのあまり刀悟の腕に顔を埋めてしまう挙動すら愛しいと感じてしまう。


(で、でかい。恵流ちゃん、いつの間にこんなに成長してたんだっ)


 あと5cm身長が高く、もう少し大人っぽい顔つきで胸が小さければ、グラビア界の歴史を塗り替える事ができたと道端のスカウトに惜しまれた美少女のおっぱいの感触に、十代の理性が削られていく。

 才色兼備、文武両道(ただし非力)。五十貝恵流を褒め称える声は昔からあった。公権力を使って卒業扱いした刀悟と違って、自分の力だけで飛び級して高校を卒業したという事実だけでその才女ぶりは推して知るべしだ。幼馴染にして自分を支える分家の人間であるという贔屓目を抜きにして完璧な女性と断言できる。


「私、彩さんと同じで刀君以外の人と一緒になるつもりはないから」


 そんな少し幼さが残る綺麗系の顔に、上目遣いで迫られれば心も揺らいでしまう。だが。


「『悪い恵流ちゃん、気持ちは嬉しいけど、君の事は胸しか眼中にないんだ』ってところかしらね」

「悪い恵流ちゃん、気持ちは嬉しいけど俺、……っておい詩火っ!」


 勝手に代弁された怒りと驚きを顕にして遠目にいる第三者に怒鳴りつける。丈の短いミニスカの赤いメイド服を着こなし、色素の濃い金色の髪を肩まで切りそろえた、同年代の恵流とは属性の違う美少女が睨みつけながら高い鼻を鳴らす。


「っは、ようやく気づいたわねエロ当主。相変わらずのスケベっぷりにある意味安心したわ」

「し、詩火ッ!? どうしてここに?」

「どうしてじゃないわよ。専属の召使いが主人に付き添うのは当たり前じゃない。あと出かけるなら一声かけろ。彩が連絡くれるまで気づかなかったっつの」


 ホッとしたような、少しがっかりしたような微妙な面持ちの恵流を無視して、金髪ショートの詩火・イツシマは二人の間に割って入る。


「いつまでくっついてんじゃないわよエロ当主。人のご主人様に色目使って密着とか少しは恥を覚えなさい女の敵」

「お前はもう少し自分の立場を自覚しろ! 五十貝家の召使いなら俺は主人も同然だろっ!」

「知るか。アタシが仕えてるのは恵流であってオジサマ達は関係ないし、本家の立場を利用して欲望を満たそうとする色情魔をご主人と思ったことないわ。大体赤ん坊の頃から一緒だった幼馴染を今更目上だなんて思えるわけないでしょ」


 多分に侮蔑を含んだ鋭い眼光がさっきまで煩悩を滾らせていた刀悟の頭を冷ます。

 恵流と同様、赤ん坊の頃からずっと一緒だったもうひとりの幼馴染は、日頃から故意、偶然を問わずに女性を辱める刀悟を敵視している。特に主人として仕えている恵流を守ることに関してはプロ意識や友情以上の感情が動力源になっているようだ。


「ご、ごめんね詩火。今日は貴女が見回り担当だったから邪魔しちゃ悪いと思って」

「島のパトロールなんか恵流のお世話の片手間にできるっての。今日だってツキノワグマにも負けそうなカテゴリーCがちょろっと出現したから軽く捻ってやったわ」


 報連相を怠った事を申し訳なくしょんぼりする恵流だが、詩火は気にするなと言わんばかりに恵流の両頬を軽く引っ張っている。

 刀悟にはまずやらない二人だけのコミュニケーション方法だ。恵流もくすぐったそうに笑顔を向けており、女の子同士だからこそ遠慮のない行為とも言える。


「にしても都市部に近いここら辺でザウグが出現するのはちょっと怖いな。夜の巡回ルートを増やすよう彩ちゃんにお願いしてみるか」


 今のままでも十分すぎる気もするが、単体とは言えカテゴリーCの出現は都市部に下山した野生動物レベルの危険性がある。安全対策はやりすぎなくらいがちょうどいいと思いながら語った独り言に、さっきまでとは一転、氷のように冷めた目で詩火が睨みつけてくる。


「……何を他人事みたいに言ってんのよ。カテゴリーCとはいえザウグが出たのよ。今回はたまたま人気のない場所で対処できたから良かったけど、一歩間違えれば死傷者が出てたかもしれないって想像できないの? 島の治安を預かる立場のくせに随分と冷たいのね。それとも無辜の一般人がいくら犠牲になろうと当主様には関係ないって言いたいわけ?」


 ギロリと、怒気を込めた罵声だった。


「お、おい落ち着けよ。別にそんなつもりじゃ」


 あまりの態度と言葉に、しかし刀悟は気まずさから後ずさる。

 そんなつもりで言ってはいない。一般人の安全を考えたからこそ、警察や兵士の巡回を増やそうと思案しただけだ。配慮が足りなかったと言われればそれまでだが、これほどの殺気をぶつけられるなんて想像すらできなかった。


「立場を弁えなさい詩火。刀君は今でこそ五十貝家の保護を受けてるとはいえ本家の当主よ。いくら幼馴染だからって上下関係を軽んじるのは許さないわよ」


 慌てる刀悟の代わりに詩火を咎めたのは恵流だった。ふにゃっとした顔から似合わない怒りをにじませながら詩火を睨む。


「こいつが今の情勢を無視するへっぴり腰を改善するならいくらでも頭を下げてやるわよ。でもね」


 詩火はくるりと恵流に向き直す。刀悟には詩火の顔は見えなくなったが、声色は幾分か柔らかくなったのは理解できた。


「自分の責務を丸投げする無責任男を甘やかすつもりなんかないわ。この国、いや、世界は今でも昔の六玄田家を頼りにしてるのに、政府が見過ごしてしまう弱者の声を見て見ぬふりするなんて我慢ならない。……恵流だって、昔のエロ当主に戻って欲しいからこいつに尽くしてるんじゃないの?」

「……それは」

「バカでスケベでも、こいつにまたヒーローになってほしかったんでしょ」


 図星なのだろう。下唇を噛みながらでかかった言葉を飲み込む恵流の姿が刀悟にも確認できた。そういう意図がある事も最初から知っていたにも関わらず、恵流の態度に甘えていた自分がたまらなく恥ずかしくなる。


「やめろよ詩火。ヒーローなんて時代遅れなもの、とっくに卒業したに決まってるだろ」


 だがそれでも、はいそうですかと認められるほど大人にはなれなかった。


「銃のカスタムは問題なかった。グレネードは家で調べるって言っといてくれ」


 刀悟は逃げるように足を動かし、射撃ルームを後にしようと出入り口の取っ手に手をかける。


「刀君、待って。詩火も悪気があるわけじゃ……」

「悪気はないわ。軽蔑してるだけ。女の子二人からの期待なんて、昔のアンタなら応えてたじゃない。せっかくの左眼が泣いてるわよ?」


 ほんとに一言多いなと、忌々しげに押し黙る刀悟は最後に口を開いた。


「現実を見ろよ。婆ちゃんの時代ならともかく、銃器が発達した現代じゃ六玄田家を含めた同類の役目なんて終わってるんだ。これからの時代は普通の人達が作っていくんだ。今後の俺達はこの時代に合わせて、普通の人達に馴染むべきなんだよ。少なくとも俺は、もう特別な人間に戻るつもりはない」


 自分に言い聞かせるように、刀悟は射撃ルームを後にした。心の中で恵流達と、今も思い出の中にいる顔も覚えていない女の子に頭を下げながら。

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