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第14話 真夏との思い出

 その日私は給湯室で休み時間の時間潰しをしていた

 といっても携帯端末を使って服のデザイン案を考えていただけなのだが

 その日給湯室には私以外にあと三人の人がいた

 三人の男性社員は椅子に座るでもなく給湯室のはしのほうで談笑していた

 そのなかの一人が、柊さんだった

 柊さん達のしていた話は本当に何でもないようなただの雑談

「そろそろバレンタインだなー」

 一人の男性が何の気なしにそう言った

「女子社員は今年も配らせられるんだろうな、なんかそういう暗黙の了解みたいなもんあるし」

 そう、この会社では古いことこの上ないが毎年バレンタインに女子社員が男性社員にチョコレートを配るという暗黙の風習が根強く残っている

 私は入社してから一度もチョコレートを配ったことはないが

 私からチョコなんてもらっても嬉しくもないだろうし何より私がそんな女子らしいことをするのは躊躇われたのだ

「嫌になるわよね、女の子ばっかりそんなことさせられて」

 柊さんはやれやれと言った様子でそう返す

 柊さんは会社のなかではかなりの有名人だったからその時から柊さんのことは知っていた

「お前は女じゃねーのに勝手に毎年配ってるじゃねーか」

「あら? 何かいけないかしら?」

 もう一人の男性の鋭い突っ込みに柊さんはけろっとした様子でそう返す

 そう、柊さんは毎年男性社員だけでなく女性社員にも欠かさずにチョコレートを配り回っている

 実際私も部署が違うので人伝にだが貰ったことがある

「あ゛ー、本命チョコ誰か俺にくれないかなー」

「学生気分から帰ってこいー」

 まるで高校生みたいな会話をする二人のうち、チョコがほしいと嘆く男性の肩に柊さんがするりと手を掛ける

「嫌ねぇ、あたしが毎回あげてるじゃないー、本命チョコ」

「気持ち悪いこと言うんじゃねーよ!」

 柊さんが言うと冗談ともわからないその言葉に男性はうげーっと顔をしかめながら手を振り払う

「あら、あたしの気持ちが受け取れないってこと!? 嫌だわぁ、泣いちゃうんだからっ……後でみんなに言って回らないと、橘があたしの気持ち踏みにじったって」

 そんな対応をされた柊さんは泣き真似をしながら嘆いて見せる

 そんなやり取りを勝手に盗み見していた私は

「……ふふっ、あ……」

 つい堪えきれず吹き出してしまって慌てて口を押さえて居たたまれなく視線だけそちらへ向ければ三人ともこちらを見ていた

「っ……」

 どうしよう

 何か言わないと

 そう思って焦っている私のほうへ柊さんが少し近付いてくると口を開いた

「……あら、あなた毎年このイベントに抗ってる子じゃない、ナイスガッツだと思ってるわ、それより初めて笑ったところ見たけど、あなた笑ってたほうが可愛いわよ、元から可愛いけど」

 そして柊さんは簡単にそう言ってのけて笑った

「……え」

 口調からふざけているわけではないということはよく分かった

「おい柊! 何ナンパしてんだ!」

 そんな柊さんの頭を橘、と呼ばれたほうじゃない男性が思い切りはたく

「嫌ねぇただの女子トークじゃないー、そんなことより、今回もちゃんと本命チョコあげるから安心しなさい」

 それを合図に柊さんはくるりと二人のほうを向き直して橘と呼ばれたほうの男性にそう言いながら笑う


 そう、これが私が柊さんを全面的に信用していた理由だ

 柊さんの言葉から柊さんは男性が恋愛対象なのだろうと勝手に推測した

 つまりは私が女らしくないから大丈夫だろうとか、そういう理由だけで今までの危ないとも取れる行動をしていたわけではないということだ

 柊さんだから、というのはつまり男性が恋愛対象の男性である柊さんは私からすれば女子扱いだったのだ

 本人がどう思っているのかまではわからないが

 そして、柊さんは私と話したことなど覚えていないのだろうと思っていた

 きっと誰にだって優しくて、誰にだってそういうことを言っているのだろうと

 実際それを言われた一瞬は嬉しいとかそういう気持ちもあったし、だからこの数日柊さんに何か言われる度にドキリとしたのも事実

 だからと言って柊さんが私に何か思うところがあるのかもしれない、だから助けてくれるのかもしれないと思うのはほとほとお門違いだと思っているのも事実

 でも柊さんは私と話したことを覚えていた

 もしかしたら記憶力がいいだけかもしれない

 いろいろなもしかしたらがあるけれど

 覚えていてくれたことが嬉しくなかったかと言われれば、嬉しかった、というのが紛れもない事実だろう


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