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第12話 運転スキルはもらえなかった様子です

 私はフルーツヨーグルトを食べ終わると食器をシンクに入れ、待たせるのも悪いと洗うのは後回しにして簡単に支度を済ませて駐車場へ向かった

「青い車……これ、かな……」

 駐車場に止まっている青い車は一つしかなく、しかし車に詳しくない私から見ても確実に高級車という相貌に近付くのを躊躇いながら運転席を覗き込む

「あら、早かったわね、車のなか暖まってるから早く乗りなさいー」

 そうすれば運転席にはスマホを弄っている柊さんがいて、私に気付くとすぐに自動で助手席のドアを開けてくれる

「あ、ありがとうございます」

 私は慌てて回り込むと出来る限り汚さないように気を付けながら車に乗り込む

「さて、と、申し訳ないのだけれど、まだ二回目であなたの家の場所をちゃんとは覚えられていないから案内してもらえるかしら?」

「あ、分かりました」

「それじゃあ行くわよー」

 私の了承を得ると柊さんは車のエンジンを踏んだ


「ねぇあなた」

「……はい?」

 声をかけてくる柊さんに何とか返事を返す

「一応聞くけど本当にこれだけでいいの? そんなに遠くないから往復も出来るわよ」

 言いながら柊さんは車のトランクに入れられた少しの荷物……ほとんどが衣服関係のそれと小説を指差す

「大丈夫です、そんなに必要なものもありませんから……」

 そこまで言って胃からせりあがってきそうになるフルーツヨーグルトを何とか胃に押し止め為に口を押さえた

「そう? あなたがそれでいいなら良いけれど、けっこうミニマリストなのねー」

「そう、ですね……」

 確かにそこまで元々持っていきたいものはなかったがミニマリストなわけではないと思う

 だが否定する元気もなく肯定する

 ここまで荷物が少なくなったのは柊さんの運転が関係している

 柊さんの運転は驚く程に荒かった

 ブレーキはいきなり踏むし曲がり角では遠心力に耐えるのに必死でそんなに距離も離れていない我が家に着くまでにはものの見事に車酔いしていた

 神様は沢山のものを柊さんに与えたが運転スキルだけはくれなかったようだ

「それじゃあさっさと家に戻って今度はお出掛けの準備をしないといけないわねー、思ったよりも早く終わったからゆっくり準備出来るわよ」

「……安全運転でお願いしますね」

 私は覚悟を決めて、なけなしの保険をかける

「任せてちょうだいー」

 だが隣で瞳をキラキラさせながら自信満々にそう言った柊さんを見て、ほとんど諦めたのが現実だ


「大丈夫? 酔いやすいなら先に言ってくれればよかったのに……」

 全然無事ではないが何とか帰宅して早々に私は車を降りた

 流石に私が車酔いしたということに気付いた様子の柊さんは慌ててしゃがみこむ私の背中を擦る

「いえ、別に酔いやすいとかそういうわけでは……いえ、そうですね……そうかもしれません」

 そう、そういうことにしておいたほうがきっといい

 きっと私は久しぶりの車で疲れてしまっただけ

 それか気付いていないだけで元々車酔いしやすい体質だったのか

 きっとそのどちらかだ

「歩ける? 肩貸しましょうか?」

「降りたら楽になってきたので大丈夫です、ありがとうございます」

 心配そうに私を見る柊さんに断りをいれてから立ち上がる

 車のなかにいたときよりも大分楽になってきたのは事実だ

 それから私達は車から部屋に戻って荷物を運び込む

 といっても車酔いから完全復活とはならなかった私を心配してほとんど柊さんが運んでくれたのだが

「さてと、少し休憩して、酔いが覚めてから準備に移ることにしましょうか」

 柊さんは言いながら私の前に一杯の水をくんで置いてくれる

 だが残念なことにそれすら飲むのは無理そうだった

「一つお聞きしていいですか……?」

 私は恐る恐る、出来たら聞きたくすらないことを聞くために口を開く

「どうかしたかしら?」

 柊さんは相変わらず私の水と一緒に準備していたホットココアを飲みながら聞いてくる

「今日の外出は歩きですね?」

 原石を磨くとか

 どこへ行くとか

 何をされるのかとか、そんなことよりも一番大切なそれを真剣に問い詰める

「断定系なのは気になるけれどそうねー、一応歩きで行こうと思っていたけれど、寒いのが嫌なら車出すわ――」

「せっかくですから歩いていきましょうか」

 私は柊さんが言いきるのを待つことなくその提案を却下する

「珍しく食いぎみね……元々その予定だったのだからいいけれど」

 今まで受動的だった私の食い気味の返事に少し驚いた様子ではあったが柊さんの車で行くことにならなくてよかったという安堵の思いが強くてはっきり言ってそれどころではなかった

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