「さて、準備は出来たかしら?」
「大丈夫です」
あれから本気ですかと聞き返すことも出来ずにそのまま一通り今日泊まるにあたって必要なものだけ纏めて鞄に詰め込むと肩にかける
「そうねー、今日は帰りに銭湯にでも寄りましょうか? これからルームシェアするにあたって気にしてられなくなってくるだろうけどいきなりはハードル高いでしょ? 大丈夫、ちゃんと最初のうちはあなたがシャワー浴びる時は出掛けることにするから、少しずつ慣らしていきましょ」
しかし柊さんはするりと私の肩から鞄を抜き取り自身の肩にかけなおしてそんな提案をしてくる
「……私は、今日から家のお風呂でも問題ありませんけど……」
お礼を言うタイミングすら図れなくて
柊さんなのであれば別にお風呂に入っている間家にいてくれても私としては欠片も構わないという意思を直球に伝える
「あなたねぇ……天然なのか考えてないのか、あたしをなんだと思ってるのかは分からないけどもう少し警戒心を持った方が絶対にいいわよ……ストーカー男の件だってそうよ、もう少し明るいところを歩くとか、そういうことしないと本当に危ないんだから」
そんな私を見て柊さんはもう何度目なのかも分からない、呆れたような、困ったような表情で注意する
「……ごめんなさい」
きっとあのときのことを覚えていない柊さんに何か言ったところで意味はなくて、だから私はただ謝る
「別に謝らせたい訳じゃあないのよ……とりあえず、行きましょうか、牛乳切らしてるからコンビニ寄っても良いかしら?」
柊さんは困ったように頭をがしがしと搔くとまたため息を吐いてそのまま私の家を出て
そして雰囲気を変えるようにそう、付け足した
「はい、大丈夫です」
私はそう返事を返すと柊さんに続いて部屋を出た
「さーて、ちゃちゃっと作るから待ってて頂戴ねー」
その後コンビニに寄って牛乳を買うと柊さんの家に直帰した
途中で一度やはり銭湯にしなくていいのかと聞かれたが問題ないと返した
そうすれば柊さんは困ったように笑うが私がそう言うのであればと尊重してくれてそのまま帰ることになった
「何から何まですいません」
「だーかーら、あたしがやりたくてやってることなんだからあなたはそこで大人しくしてなさい」
帰宅早々台所に入っていった柊さんに謝れば返ってきたのはそんなのほほんとした返事だった
「はい……」
私は手持ち無沙汰になりながら昨日と同じソファに腰を下ろす
「食べれないものはー、ないのよね?」
柊さんは手慣れた様子でリビングから見えるオープンキッチンで作業をしながら再確認するように聞いてくる
「あ、はい」
何度も言うようだが天は二物をあたえずなんて言葉を耳にする機会は多いが実際のところはそんなものはただのまやかし、よまい言だ
それが事実なのであれば見た目も性格も良くて料理もソーイングも軽くこなし友人関係は幅広く、部屋とか諸々のセンスもいいなんていう何でもありな柊さんはどうなってしまうのか
逆に見た目も性格もねじ曲がって料理もせず友人どころか近親者も0、おまけにデザイナーでありながらたいしたヒット作も作れていない私なんて存在もいるのだから本当のことなら少しは私にも与えて欲しいと思ってしまう
「明日は、まずあなたの家に荷物を取りに行ってー、それからおでかけね、それで問題ないかしら?」
「あ、はい、大丈夫です」
待っている間にすることもなく何となく料理する柊さんをそんなことを思いながら観察していればはっと顔を上げた柊さんの瞳と視線がかち合って、私は返事を返しながら少し気まずげに視線を反らした
「……そう」
柊さんは少し間を置いてそれだけ呟く
顔を反らして顔を見ていないから柊さんが何を思ったのかは分からないし声色から何を考えているのかも私には分からなかった
「さてとー、お待たせしたわねー、簡単なものでごめんなさいね」
それからしばらくすれば柊さんは両手にお皿を持ってリビングへやってくると今朝朝食を食べたテーブルの上に置く
「いえ……むしろ料理すらしない私からすれば充分豪華なくらいですけど……」
手招きされてソファからテーブルのほうへ向かえばお洒落なお皿にこれまたお洒落なパスタとサラダが盛られていた
これで簡単なものとは普段料理なんてしない私と比べれば天と地の差である
「そう? あたし一人暮らし歴長いから普段から出来るだけ自炊するようにしてるのよねー、ほら、外食とかばかりだと食費がかさむでしょう? それに栄養バランスも偏ってお肌とか健康にも良くないし ……あ、別にルームシェアするからって無理に毎回一緒に食卓を囲む必要はないわよ、でもあなたお家を見た感じ自炊はしてないわよね?」
二人分の食事を並べ終えると柊さんが椅子に座る
私も揃って座り食事に手をつければ、うん、見た目どおり味も美味しい
私の家にはフライパンなどの調理器具もないし一度家を訪れた人からすれば一目瞭然の事実だろう
「え、ええ、そうですね、基本的にコンビニとか、最悪栄養食とかそういうもので済ませちゃいます」
わざわざ隠す必要もないと普段の食生活を晒す
そもそも1日多くて二食しか食べないし食べたとしても良くてコンビニ弁当、悪ければパウチのゼリーやクッキー型の万能食などしか食べない日もある
食に重きを置くぐらいならその間もファッション雑誌などを見て趣味の服のデザインをしていたい
「……それなら夜ご飯はあたしが用意してもいかしら?」
私の食生活を聞いた柊さんは少し考えた様子の後に何の気なしにそう提案してくる
「えっ……いえ、そんなご迷惑は……」
ストーカー被害から助けてもらうためにルームシェアを始めることになったのに食事まで用意してもらうなんて至れり尽くせりはさすがに面目ない
「別に一人分も二人分もそんなに変わらないのよ、あたしが勝手にしたいだけだから迷惑じゃなければ作らせてくれないかしら?」
慌てて断るが柊さんはそう言う
「……でも」
「それに……あなたは美味しそうに食べてくれるから作りがいがあるわ、あたし一人分だとたまに手抜きしちゃう時とかもあるからあたしとしてもありがたいのだけれど」
それでも難色を示す私を柊さんは指差して柊さんはそう言って笑った
ドキリと心臓が鳴る
柊さんの笑顔にあの時のことを思い出す
落ち着け自分、何も……考えるな
勘違いするな
彼はただ優しい人なだけ
柊さんに……気づかれるな
「……わかり、ました、それならお願いします……ただ、食費ぐらいは折半させてくださいね」
私は言葉に詰まりながらせめてもの折衷案を提案する
「ええ、あなたがそうしたいなら構わないわ、さてと……あたしは食べ終わったし、ちょっと散歩にでも行ってくるわ、あなたは食べ終わったらお皿はシンクに入れてー、それからちゃんとシャワーを済ましておくように、バスタブに浸かるのは、まだお湯沸かしてないから明日まで我慢して頂戴ね、ごめんね」
「あ、あの……行っちゃった……」
柊さんは私の提案を飲むと早々に食べ終わり自身の皿をシンクに片付けると私にこの後のことを指示すると止める間もなくソファにかけてあったコートを羽織って家を出ていった
私は別にいても問題ないと思って今日から柊さんの家のお風呂を借りる、と言って柊さんもそれを飲んでくれたのだと思っていたが取りやすいところにコートを置いていたあたりからしても柊さんはもともと私がお風呂に入っている間は今日は家をあける前提だったのだろう
残された私は少し考えてから考えたところで仕方ないと手元のパスタにフォークを刺した