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第8話 あなたの服を作りたい

「ここがあなたのお家?」

 会社から徒歩圏内にある私の住んでいるアパートに着いて鍵を開ければ物珍しそうに柊さんが少し部屋の中を覗く

「はい、よければあがって待っててください」

「……あなたねぇ、男を簡単に家に上げたらダメよ、何度も言ってるじゃないの」

 私が部屋に上がるように促せば柊さんは呆れた様子でまたため息を吐いてそう言った

「でも外では寒いじゃないですか、大丈夫です、誰でもかれでも上げるわけではないので」

 そんなに仲の良いわけではないただの同僚の男を部屋に上げる

 私だってそこまで馬鹿ではない

 相手が柊さんだからこそ上げるのだ

「またそのあたしだからいいっていうよく分からない考えねー」

 柊さんは怪訝そうに言いながらも外の寒さに負けたのか部屋に上がることにしたようだった

「まぁ、そうですね、すいません、ココアとかはなくて……お茶でも大丈夫ですか?」

 私は柊さんを部屋に案内してから鍋にお湯を入れて火にかける

 柊さんの家と違ってケトルなんてものもないしココアなんてものもない

 コーヒーはあるが柊さんは飲めないからとりあえず粉で溶かすタイプのお茶を用意することにした

「ええ問題ないわ、むしろありがとうね」

「いえ、すぐに用意できますのでゆっくり待っていてください」

 私の部屋はワンルームなので座っている柊さんの様子を伺えば控えめにだが部屋の様子を伺っている

「……あなたのお家、生活感があまりないわね」

「そうですか?」

 確かに私は物に執着がないためあまり物は部屋に多いほうではないかもしれない

「ええ、綺麗に整頓されてて……でも服が好きなんだなっていうのはよくわかるわ」

「っ……」

 優しい声色でそう言われて言葉に詰まる

 部屋のなかにある本棚には衣服関係の本と小説が沢山並んでいるしコルクボードには服に関するメモが止めてある

 見れば一目瞭然のことではあるが私がそんなものを持っていることを知られたのは少し、恥ずかしい

「あら、恥ずかしがることないじゃない、今でも良い服をデザインするのに勉強熱心なんていいことね」

 だがそんな私を見た柊さんは感心するようにそう言うだけで

「そんな、ことは……」

「……この紙は――」

 ない、そう言おうとした時にちょうど机の上に放置されていた紙面を柊さんが手に取る

「あ、それはだめですっ……!」

「服のデザイン?」

 だが止める間もなく柊さんはそれを捲る

「あ、あの……」

「……」

「柊さん……?」

 柊さんが捲った紙面

 それは私がデザインした服のイラストを描いた紙で

 それを見た柊さんは黙り込んでしまう

 そしてパアッと顔を輝かせて紙を天にかざした

「これ、すごく良いわ! あたしが直々に売り込みに行きたいくらいに素敵……これはいつ頃会社に上げるの?」

 それから真剣に紙を覗き込みながら私に聞いてくる

「それは……仕事用ではないので、服にする予定はないんです」

 だが私は言いながら柊さんから紙面を取り上げる

 これは趣味で描いたものであり会社に提出する気は一切ないものだ

 まさか柊さんが勝手に紙を捲るとは思わなかった

 人を呼ぶ予定がなかったとはいえ出しっぱなしにしていなければよかったと後悔してももう遅い

「なんでそんな勿体ない……」

「私には、似つかわしくないですから、こんなの提出したら笑われてしまいますし」

 至極残念そうに呟く柊さんに私は端的に説明する

 事実こんなものを持っていけば瞬間格好の笑いの的になること間違いない

 だから出す気なんて欠片もない

「そんなこと、ないと思うけど……あたしね、鈴奈さんのデザインする服のファンなの、もしあたしが明日あなたという原石をちゃんと磨けたら、代わりにこの服作って良いかしら? 会社に提出しなくてもいいから」

 柊さんは言いながら笑顔で私の手から紙を抜き取る

「作る……柊さんが、ですか?」

 原石云々は置いといたとしても

 柊さんの部署はファッションプレスチームでありパタンナーでもなければソーイングスタッフでもない

 そんな柊さんがこの服を作ると言っていることにただ驚く

 私が個人的にデザインしたこれは沢山のプリーツの入った少女的なデザインのワンピース

 自分でデザインしたものだがそんな簡単に作ると言えるものではない筈だ

「ええ、あたしの本職はファッションプレスだけど趣味で自分でも服を作るのよ、意外と上手いのよ? だから是非作らせてくれないかしら?」

 柊さんは固めを詰むってそう言って笑顔を浮かべる 

「……会社に提出しないのでしたら構いませんけど」

 そんな柊さんを見て断る気が起きなかったのは、きっと少しだけ……自分の好きにデザインした服が完成するところを見たかっただろう

「よかった、絶対にすてきな服になるわ、完成した暁には……鈴奈さんに来て欲しいわね」

「……えっ?」

 紙をしまいながらそう笑って言う柊さんに私はつい間の抜けた返事を返していた

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