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第7話 この子は恋人

 なんか似合わないっていうかぁ

「……」

 私は仕事が終わると給湯室に向かいお茶を容れて椅子に座っていた

 頭を過るのは椿さんの言葉

 確かに、人気者で眉目秀麗な彼と私では全然似合わないし釣り合わない

 まぁ、別に恋人同士でもあるまいにただの同僚と似合う似合わないなんてことはどっちだって構わないだろう

「鈴奈さん、待たせてしまってごめんなさいね……ってどうかした?」

 そんなことを考えていれば帰宅の準備を終えた柊さんが暖かそうなコートを羽織って給湯室の扉を開けた

「あ、いえ、特に何も……」

 私は慌てて言い訳にもならない返事を返して椅子から立ち上がり鞄をつかむ

「そう? そうは見えないけれど……でもあなたが言いたくないことなら無理に聞き出す気はないわ、行きましょうか」

 柊さんは少し気にした様子を見せながらも深く追求することなく先導して歩きだした

「……はい」

 だから私もそれだけ返して後を追った


「それにしてももう冬ねぇ、さすがにこの時間は冷えるわ」

 柊さんは寒そうに手袋をした手を擦る

「そうですね」

「……」

「……」

 一言、それだけ返したきり一向に会話は弾まない

 柊さんは何も言わないし私からも別に話すことはない

「おい! せっかく待ってたのになんで昨日のやつが一緒にいるんだよ!」

「っ……あなたは」

 そんな無言の間をぶち破るように現れたのはストーカーの男だった

 電柱の影から現れて、いきなり発狂したように怒鳴り散らす

「しつこいわね、また待ち伏せしてたのあなた」

 男を認識した瞬間柊さんが私を庇うように前に出る

「待ち伏せじゃない! こんな時間に彼女をひとりで帰らせるなんて危ないから迎えに来ただけだ! お前こそ人の女に手を出す気か……!?」

 そしてまた男は根も葉もない勘違いをわめき散らす

「だからっ……柊さん?」

 私はあなたとそんな関係じゃない

 いつものようにそう言おうとした

 だがそれより先に私を止めて口を開いたのは柊さんだった

「手を出すも何もないでしょう、あなたこそ大概になさいよ、彼女はあたしの恋人で、近いうちに同棲する予定なのよ」

「え……」

「は……?」

 柊さんの言葉に私と男の声が重なる

 私が柊さんの恋人で、近いうちに同棲するなんていきなりのことで何がなんだか分からない

「わかったら帰りなさいよ」

 柊さんは言いながらしっしと手を男を追い払うように振る

「う、嘘だ! そんなこと、信じないぞ! そもそも一緒にいるところだって見たことが――」

「ごめんなさいね、社内恋愛ってやつよ、あたし達何かと忙しいからデートとかなかなか行けなくて、でも明日はデートの予定よね? ねぇ?」

 ファビョりだした男に柊さんは笑顔でそう返す

 今完全に場を仕切っているのは紛れもない柊さんだった

「は、はい……」

 まぁ、デートではないけれど確かに一緒に出掛ける予定はある

 断る方法を考えていたところでもあるが

「ふ、ふざけるな! そんなカマ野郎じゃあ小雪さんには似つかわしくない!」

 男は言うが早いか柊さんに殴りかかる

「柊さんっ……!!」

「ぐっ……痛っ……」

 慌てた私とは裏腹に地面に膝をついたのは男ではなく柊さんのほうだった

「あら、ごめんなさいね、あたしこう見えて格闘技習ってたことがあるのよ、ほら、このご時世色々と危ないでしょう? あなた自身が言ってたことじゃない、現にこうしていきなり知らない男に掴みかかられるなんて、危ないわよねぇ?」

 柊さんは言い聞かせるように笑顔でそう伝えて男の拘束を解く

「くそっ! ぜ、絶対に認めないからな!!」

 男は慌ててそのまま逃げていった

「柊さん、だ、大丈夫ですか!」

 はっきり言って逃げていった男のことはどうでもいい

 私は急いで柊さんの元へ駆け寄る

「全然、擦り傷の一つもないわよー、それよりもごめんなさい、勝手にあんなこと言ってしまって……まだあなたからの答えは保留中なのに……それに勝手に恋人設定にしてしまって……」

 そうすれば怪我はないらしいのにどよーんとした雰囲気の柊さんに謝られる

 だが、別にそこに問題は感じていなかった

 何故なら

「……あれから1日しっかり考えたのですが、ストーカー被害がどうにかなるまでの間だけ、ルームシェアという形で厄介になってもいいでしょうか……?」

 そう、柊さんが提案というかたちで出したルームシェアを私は受けようともう決めていたからだ

 自宅では落ち着かないし、寝るにも深くは寝れないし、出勤時や帰路はずっと気にしてないといけないし、それが解消されるのであれば柊さんさえ良ければ是非ルームシェアして欲しい、というのが私の見解だった

 男にもちょうど柊さんが啖呵を切ってしまったわけだし

 そして出かけるのを断る言葉は最後まで見つけられなかったわけだが

「え……ええ、あたしが言い出したことだからそれは全く構わないけれど、あなたはそれでいいの? 本当に?」

「はい、柊さんでしたら」

 他の人であればおそらく断っていた

 男だったら絶対に

 だが柊さんであれば私は何の問題もない

「……それ、たまに言うけど一体なんて返したらいいのかしらね、まぁ構わないけれど……それじゃあ明日は原石磨き以外に軽く荷物とかも移動させないといけないわねー、忙しくなるわよ!」

 柊さんは少し怪訝そうな物言いをした後にそれを振り切るように明るくそう言ってガッツポーズを作って見せた

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