それから朝食をなんとか食べた私は柊さんに送られる形で会社に出勤したものの仕事は全く手に付かず、散々上司から嫌みを貰っていた
何とか迎えた昼休み、私はいつものように中庭隅のほうにあるベンチで購買で買ったあんぱんを食べていた
どうやって柊さんの誘いを断るのかを悶々と考えながら
「あら、鈴奈さん、いつもこんなところで食べているの?」
ずっと考えていた張本人にいきなり声をかけられてびくりと肩が跳ねる
「柊さん……どうしたんですかこんなところで」
私は持っていたあんぱんを隠すようにベンチに置いてなんとか取り繕うと聞き返す
「あなたを探してたのよ」
「何か、ありましたか?」
私を探していた
もしその用事が明日は予定が入ったから無しにしましょうとかだったらどれだけいいか
そう内心では思っていた
「それがね、昨日の男が会社の外にいるのを見かけたのよ今さっき」
「っ……」
だが返ってきた返答はあまりにも、酷なものだった
そうだ、昨日は柊さんに助けてもらって何とかなったしよく眠れた
でもそれは一時しのぎでしかなく、何も根本的なことは解決していない
「だから今日は送らせてもらおうと思って、何日も男の部屋に泊まらせるなんてそれこそ問題だから家までだけでも送らせてもらえないかしら?」
また、柊さんは真剣な様子でそう提案してくれる
「……何で、そこまでしてくれるんですか?」
だからまた私も同じことを聞いてしまう
「何度も言ってるでしょ、心配だからって、あたしお節介なのよ、ごめんなさいね」
そして柊さんはまたそう言うと少し眉をハの字にして申し訳なさそうに笑った
「……」
あの後柊さんは話を終えるとそのまま帰っていった
午後の仕事が始まっても思い出すのは彼の困ったような笑顔ばかりで全然仕事が手につかない
別に恋をしてしまったとかそういうことではない
お節介だからといってここまで出来る彼がただ興味を引いただけだ
まぁ元々ある意味気にはなっていたわけだが
そもそも私はあの失恋以来一度も恋などしたことはないのだから
でも相手が私でなければあんなもの勘違い量産機でしかないわけで
昨日からの1日だけでモテる理由が充分よくわかった気がする
「あれ、柊さんじゃないですか、どうしたんですか?」
柊、という名前に慌ててそちらを向きそうになったが何とか堪える
「いえね、少し鈴奈さんに用事があって」
私にまた用事、一体なんだろうか
こういう時に私ですか? とか、どうかしたかとか、聞ければいいのだろう
だが生憎私にはそんなことが出来るような対人スキルは備わっていない
「えー、鈴奈さんにですかぁ? あの人に……柊さんが用事って、そんなことあるんですねぇ、なんか似合わないっていうかぁ、お仕事の関係ですかぁ?」
一瞬、パソコンをいじる手が止まる
この甘ったるい話し方は同じデザイナーチームの椿さんだ
いつも、何かにつけて私に色々なことを言ってくる
マウントだったり、遠回しになんで私みたいなのがこの部署に所属してるのかとかそういうもの
「そうねー、仕事とは関係ない私用よ私用」
そんな椿さんに柊さんは特段何か言うわけでもなくそう返す
「っていか鈴奈さんと面識なんてあったんですねぇ」
意外ーなんて言いながらくすくすと笑うその人の声にどんどんと身体が萎縮していく
「あるに決まってるじゃない、同じ会社の子なんだからー、それにあたし前から実は目にかけてたのよー、なんてね、あんたも負けてんじゃないわよー」
「っ……」
柊さんの言葉に今度は違う意味で肩が跳ねる
私を、目にかけていた
それはどういうことだろうか
いや、そもそも柊さんの言い方では私が椿さんより上みたいになってしまうではないか
あんなにお洒落で可愛い椿さんに勝ってるところなんて一つもないのに
「それじゃあごめんなさいねぇ、何度も言うけどあたしあの子に用事があるから」
そんなことを考えていればほとんど無理やり会話を終わらせてこつこつと足音を立てながらこちらへ近付いてくる
「何度もごめんなさいね鈴奈さん」
そして私のデスクにトンっと手をついて私の顔を柊さんが覗き込む
「どう、しました?」
私は至って平常心を装って聞き返す
「さっき言い忘れてしまって、あたし今日は少し残業があるから少し待ってて欲しいのよ、外は危ないから給湯室とかで待ってて貰えるかしら?」
「……はい、構いませんが」
柊さんはわざわざそれを伝えに来てくれたのか
私のことで動いてくれているのに断る理由もなく、出来るだけいつものようにそう返す
「ごめんなさいね、あたしの我が儘に付き合わせてしまって」
「そんなこと、ないですから……大丈夫です」
柊さんは毎回自分の我が儘にとか、あたしに付き合わせて、とか、私に気を遣わせない言い方をする
それもまた柊さんの優しさなのだろうか
「それならよかったわ、じゃあお仕事頑張って、これチョコレート、おやつにどうぞ」
言いながら柊さんは個包装のチョコレートをデスクに置いて帰っていった