朝、部屋のノックされる音で目が覚めた
「っ……!」
慌てて私は起き上がると部屋の壁際まで身を引く
「鈴奈さん? そろそろ起きないと遅刻するわよー」
だがかけられたその声でやっと現状を思い出した
ここは会社の同僚である柊さんの家で私の家ではない
扉の外にいるのもストーカーの男ではない
「あ、すいません、今開けます!」
私は慌てて鍵を外すと扉を開く
「鈴奈さん、朝御飯出来て……る……け、ど……って!!」
柊さんは一度開いた扉を思い切り閉める
「ひ、柊さん……?」
何かしてしまったのだろうかと少し焦りながら名前を呼ぶ
「あなたねぇ! ちゃんと着替え済ましてから扉は開けなさいよ!」
「え、あ……ああ、ごめんなさい、お見苦しいものを……」
扉ごしに聞こえる柊さんの上擦った声に自分が寝起きで借りた大きいTシャツしか着ていないことを思い出す
「そういうこと言ってんじゃないわよ! あなたねぇ、ちゃんと自分が魅力的な女の子ってこと自覚して動いたほうが良いわよ本当に……家に誘ったのはあたしのほうだけど簡単に泊まったり、そんな格好のまま出てきたり……」
謝る私に返ってきたのは思いもしないような言葉だった
「魅力的、な、女の子……あははっ、柊さん面白いこと言うんですね」
魅力的なんて、柊さんがそんなことを至極真面目に言うものだから私はつい吹き出してしまった
「何も面白いことなんて言ってないわよ」
だが柊さんはそれが気に入らなかったのか少し怒気を孕んだ声が扉ごしに投げ掛けられる
「私なんかが、らしくない私が……魅力的な女の子なんてことあるわけないじゃないですか」
そう、私は魅力的とかそういう言葉が似合わない女だ
男の家に泊まったって
大きいTシャツだけで扉を開けてしまったり
そんなことしたところで相手は何も思わない
まぁ、見苦しいとかは思われるかもしれないけど
きっとそのくらい
そして相手が柊さんならなおのことだ
柊さんは会社でも人気者で、話が上手くて美形で、困ってる相手にもこうして簡単に手を差し出せる
私なんてきっと彼の歯牙にもかからない
それに柊さんが例えばだけど、私に何かをしようとする、なんてことは絶対にあり得ない
だって柊さんはきっと女には興味がない
社内の誰かに告白されたとしてもそれを受け入れたことがない、というのはたまに聞く話だ
あの日もあんなことを言っていたわけだし
「あなた……」
「すいません、お待たせしました」
何か言いたげに呟く柊さんの言葉を遮るように着替えを終えた私は扉を開く
「……まぁ、今はいいわ、ここで話してて揃って遅刻なんて大問題ですもの、朝御飯出来てるから来てちょうだい」
柊さんはハァッと大げさなくらいのため息をはいてからリビングへ向かう
「わざわざすいません……」
泊めてもらっただけでなく朝御飯まで用意してくれているなど至れり尽くせり過ぎて逆に申し訳なくなっていく
「別に簡単なものしか用意してないから一人分も二人分も変わらないわよ」
そんな私に柊さんはくすりと笑って椅子に座る
「……これは」
倣って一つのボウルが置かれた席に私も座る
ボウルの中に入っていたのは紫色のどろどろしたものと沢山の果物
「アサイーボウルね、あたし基本的に朝はフルーツしか食べないの、苦手なものとか入ってないかしら?」
アサイーボウル、私も流石に名前くらいは聞いたことがあるが食べるのはこれが初めてだ
「はい、あまり好き嫌いはありませんから」
私がそう答えるとそれならよかったと言って柊さんはスプーンを手にしてアサイーボウルを食べ始める
私も手をあわせていただきますをしてから一匙すくって口に含む
柊さんぐらいお洒落な人は朝食もお洒落で、尚且つ料理上手なのかと少し感嘆する
私なんて朝御飯を食べることも少ないし食べたとしても栄養食とか、そういうもの
天は人に二物を与えないとかなんとかって言葉はきっと嘘だ
「……で、申し訳ないのだけれどお風呂は貸せないから会社のシャワールーム使って貰ってもいいかしら? シャワー浴びた後にお化粧あるでしょ? だから少し早めに起こさせてもらったけど思ったより予定が押してしまって、間に合うかしら……あ、服は職業柄女性ものもあるからそれ着てもらえる? 勿論新品だから安心してちょうだいね、あとよく眠れた?」
柊さんは朝食を食べながら矢継ぎ早に質問を浴びせてくる
「お気遣いありがとうございます、お陰様で久しぶりにゆっくり眠れました、あと……私基本的に化粧はしないので全然間に合います、服も……1日ぐらい同じもので大丈夫で――」
「何ですって!?」
「え……」
質問に正直に答えていれば柊さんはダンッと机に手をついて立ち上がる
何か、気に触ることを言っただろうか
私は慌ててスプーンを机に置いて、自然と背筋が伸びる
「あ、そういえば昨日もメイク落とししてなかった気がするわね、勿体ないわ……」
そして柊さんは昨日のことを思い返すように顎に手を当てて考える様子を見せてから嘆くように呟く
「な、何がですか……?」
柊さんの意図が分からなくて聞き返す
何も勿体ないことなんてしていないと思うのだが
「せっかくそんなにいい宝石の原石を持っているのに磨こうとしないことがよっ! そのままでも充分可愛いんだから磨いたら光るわよ絶対!」
柊さんは机から身を乗り出して私の鼻先に指を突きつけてそう豪語する
「そ、そんなこと、ないですよ……私、そういうキャラじゃないので……絶対」
だがそんなことを言われても思い出すのはあの日の言葉で
自分でもそう思ってる
化粧するとか、お洒落するとか、キャラじゃないし
似合わないし
元の素材だって別に、特段良いわけではないのだから
「……どうしてそんなことを思うようになったのかはあたしには分からないけれど……そこまで言うのなら一度、あたしに磨かれてみなさい!」
私のそんな様子を見ていた柊さんは一度身を引くと独り言のようにごちてから腕組みして自信満々に口角をあげる
「え、あの……」
磨かれる?
具体的に何を?
誰が、誰を?
「明日の休みだけれど予定は?」
沢山聞きたいことはあったけれど柊さんはそんなタイミングも与えずに畳み掛けてくる
「ありませんけど……」
そもそも休みに予定が入ってることのほうが稀有だ
家族も友達もいない私が休みにすることといえば個人の趣味で服のデザインを考えてみたり、図書館や本屋さんでファッション誌や小説を漁るぐらい
「それなら決まりね!」
それを聞いて柊さんはパンッと手をならす
「な、何が……?」
「あたしが思う存分あなたを磨いてあげるから、自分のポテンシャルを今のうちに理解し直しなさいってことよ」
何が決まったのか全然わからないで困惑する私に柊さんは楽しそうにそう、宣言した