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第3話 ルームシェアのご提案

「ごめんなさいねー、コーヒーとかなくて……ココア飲めるかしら?」

 柊さんの家にあげてもらうとすぐにソファへと誘導されて柊さん自身はキッチンに向かいケトルの電源を入れる

「あ、はい」

 私はソファに座って軽く深呼吸していれば少しだけ心のゆとりが戻ってきて申し訳なく思いながらも好奇心に負けて家のなかを少し見渡す

 部屋の中はとても綺麗に整頓されておりラックには沢山のファッション関係の本が陳列されている

 観葉植物に机に置かれたハーバリウムなどからも女子力の高さが見て取れる

「そう、それなら良かったわーっ、あたしコーヒー飲めないのよね……て、嫌だわさっきのところ赤くなってるじゃない、ちょっと待っててちょうだいね」

 柊さんは慣れた手付きでココアを淹れるとそれを私の前に置く

 こんなに会社ではピシッと決めている大人の男性がコーヒーを苦手と言うのは少し意外だった

 だが柊さんはソファに腰を下ろそうとして私の腕を見て慌てた様子でキッチンに戻っていく

「え、は、はい……」

 ぽつんと取り残された私は自分の腕を確認する

 確かにあの男に掴まれた部分は少し赤みがかっていた

 痛くはないがあまりいい気分はしない

「はい、これで冷やして、せっかく綺麗な肌してるのに跡にでもなったら最悪だわ」

 柊さんは足早に戻ってくると小さな保冷剤を薄手のタオルにくるんで私の肌に押し当てる 

「あ、ありがとう、ございます」

 私が保冷剤をうけとったのを確認してから今度こそ柊さんはソファに腰かけると自身のマグカップに手を掛ける

「それにしてもあの男なんだったの? 本当に彼氏?」

 それを一口飲むと落ち着いた様子で私に問いかけてくる

「いえ……付き合ってるとかそういうのは本当になくて、ストーカーなんです、四年前からずっと付きまとわれてて」

 ここで嘘をつく必要もない

 私は正直に答える

「ストーカー!? 嫌だわ、最悪じゃない! それなら警察に……ってそれでどうにかなってたら四年間も悩まないわよね……」

 柊さんは大げさなくらい驚くと持っていたマグカップを机に戻して悩ましげに顎に手を添える

「そ、そうですね……警察はことが起きないと動いてくれませんから……」

 警察が動いてくれれば少しはこの疎ましい生活から逃れられるのにと考えはするもののこの四年間のことを思いだせばすでに警察にどうにかしてもらおうなんて気は起きない

「うーん、困ったわね」

 柊さんは何か考えるように机を指でとんとんと叩く

「何が、ですか?」

 私は淹れてもらったココアを飲みながら聞き返す

「あなたのストーカー問題に決まってるじゃない、何か対策とか思い付けばいいのだけれど……」

「……」

 さも当たり前のように言う柊さんに私は逆に黙り込んでしまう

 警察だって動くどころか考えてすらくれないのにまるで自分のことのように真剣に考える様子を見せる柊さんに逆に不信感を抱く

 だってただの同僚だ

 何か裏が、例えば後で金銭を求められるとかそういうことがあっても決しておかしくない

 そう思う気持ちがないわけではないが、柊さんならそんなことないのだろうと思ってしまう私はあまりにも単純だろうか

「ご実家は近いの?」

「……母はもう亡くなりました」

 軽く、投げ掛けられた問いかけに言いずらくて詰まりながら何とか返事を返す

 この歳で天涯孤独の身であると知ると大抵の人は大げさなくらいに申し訳なさそうな反応をする

 私自身はもうすでに母が亡くなったことも

 父が何処にいるのかすらわからないことも

 全て乗り越えているのに周りはそれに気付かない

 だからこそ、それを言うのが躊躇われる

「あらそうなのね、それは悪いことを聞いたわね」

「いえ……」

 だが柊さんはそれほど大げさに謝るでもなく、すごい申し訳なさそうにするわけでもなくそれだけ言うとまた考え始める

「頼れそうな友達、出来れば男友達とかはいない?」

「……」

 そしてまた地雷を踏み抜く

 学生時代に根暗を拗らせた私には友達なんてそもそも一人もいないし男友達なんて勿論いない

「あー、ごめんなさいね、またあたしったらデリカシーのないことを聞いて……こういうところがあたしのダメなところね」

 何も返事を返せない私を見て柊さんは両手をあわせて軽く謝ると自分に言い聞かせるように呟く

「いえ、いいんですけど……」

 やっぱり

 会社でも思っていたが柊さんは他の人とは少し違うように感じる

「……うーん、そうねー、あ! あなたさえ良ければだけど暫くあたしの家に避難したらいいわ」

「……え?」

 良いことを思い付いたというようにポンッと手を叩いて柊さんはいきなりあり得ないことを言ってのけたものだから私はつい聞き返してしまう

「ほら、あたしこんなんだけど男だからきっと守ってあげられるわ、ストーカー問題が解決するまでの期間限定のルームシェア、部屋に空きもあるし、内鍵もついてるし、どうかしら? なんて、流石に急だし逆に怖いかしらね……」

 柊さんは言いながら近くの扉を指差すがすぐにまた考え込んでしまう

「えっと……せっかく考えてくださったのは嬉しいですが、少し考えさせてください」

 急に一緒に暮らさないかなんて言われて是非お願いします……なんていくわけもなく、かといってすぐに断るのも躊躇われるため私はとりあえず時間を貰えないか聞いてみる

 怖い云々というところはよく分からないが

「え、ええ、勿論、嫌じゃなければゆっくり考えてもらって大丈夫よ、とりあえず今日は……そうね、大事を取って泊まっていってほしいけれど……あれね、近くのホテル取ってあげるわ、行きと明日の出勤は送り迎えしてあげるから安心して」

 柊さんは言うが早いかポケットからスマホを取り出して画面を指で叩き始める

「そんなっ、そこまでしていただくわけには」

「だから、あんな男がいつ現れるかわからない状況で放り出すほうが心配なの、わかって頂戴?」

 私は慌てて断ろうとするが柊さんは引くことなく逆に眉根にシワを軽く寄せて窘められる

「……それなら、ご迷惑でなければ柊さんのお家で大丈夫です、そのほうがご迷惑にならないと思いますので」

 これはもう私では断ることは不可能だろう

 そう判断した私は譲歩案を提案する

 最初に柊さんは自分の家に泊まれば良いと言いかけていたからきっと人を泊めることには抵抗はないのだろう

 それならば家に泊めてもらったほうが柊さんの貴重な時間を割く必要はなくなる

「……あなたがそれでいいのならあたしは別にいいけれど、本当にそれでいいの?」

「え? はい、柊さんなら」

 柊さんは少し悩ましげににそう聞き返してくるが私は普通に返事を返した

 柊さんが嫌だ、といのなら分かるが何か私が懸念しなければいけないことがあるだろうか

「はぁ……そう……わかったわ、寝床の準備してくるからゆっくりしててちょうだい」

 暫く私のほうを見ていた柊さんは何故か軽くため息を吐いてからソファから立ち上がり部家を出ていった

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