「だからっ、困ります!」
私は会社から帰宅しようとしているところを待ち伏せしていた男に苦言を呈する
「何が困るって言うんだよ! オレは君の彼氏なのに!」
だが男は意味の分からないことを捲し立てて退いてくれる様子はない
「何度も言ってますが私はあなたと付き合ってませんっ……!」
そう、毎回待ち伏せとか後をつけられる度に伝えているが私達は付き合ってなどいない
「そんなわけないだろ? もう付き合いだして何年経ったと思ってるんだ、四年だよ、君が道に迷ってるオレを助けてくれてから」
男はそのときのことを思い出しているかのように斜め上に視線を向けて嬉しそうに笑う
「あれは……困っているみたいだったから助けただけです……!」
そう、四年前のあの日
私は道に迷って困っていたこの男を助けた
今思えば変な親切心からそんなことしなければ良かったのにと切に思う
それから私はずっとこの男からストーカー被害を受けている
警察に相談しても実害がないから何もしてもらえないのが実際のところで他に相談する宛もない
父と離婚してからは唯一の家族だった母は亡くなっているし友達だっていない
「分かってるよ、オレが好きだから助けてくれたんだろ?」
「だからっ……って離してください!」
男は言いながら私の手首を強く握る
今までは後をつけられるとか、出待ちされるとか、ごみを漁られるとかそういうものがメインでこうして実際に手を出してくることはほとんどなかった
「四年も我慢したんだ、そろそろキスの一つぐらいしてくれてもいいんじゃないかっ!?」
言いながら男は私の腕を強く引く
これは、さすがに不味いかもしれない
「嫌っ……離して――」
そう思って、助けを呼ぼうと思ったときだった
「ちょっと! 何してるのよあんた!」
聞きなれたハスキーボイスが響き渡るのと同時に私の腕をつかんでいた男の腕は無理やり剥がされ後ろから誰かに引き寄せられる
「お前誰だよ! これはオレ達恋人同士の問題なんだから口出さないでくれ」
「違っ……私達付き合ってません!」
それでもそう主張する男に私は慌てて事実を話す
ここで痴話喧嘩だとでも思われてしまえばもしかしたら見離されてしまうかもしれない
それが一番心配だったのだ
「彼女はそう言ってるけど? 端から見ても異常よ、あ! お巡りさんこっちよ!」
その人のほうを見れば遠くのほうへと思い切り手を振っている
「チッ……くそ!」
さすがに警察が出てこれば不利なのは分かっているのか男は舌打ちだけするとそのまま走って逃げていった
「っ……」
私は安堵感からその場にへたり込みそうになるが彼の支えで何とか耐える
「ちょっと、大丈夫あなた……って、あなたデザイナーチームの鈴奈さんじゃない!」
彼はそんな私の顔を見ると驚いたように叫ぶ
どうやら私とは気づいていなかったようだ
「あ、その……」
「あたしよあたし! ファッションプレスの柊よ!」
慌てて私も改めて挨拶しようとするがそれより前に目の前に立つ彼に名乗られてしまう
「いや、その、それは分かりますけど……」
190センチはありそうな高身長、整った顔、かけられた黒縁のお洒落なメガネに緩くパーマをかけられた金髪、それだけで充分に個性的なのにその上このオネェ口調
気づかないほうがむしろ不思議だ
彼は柊真夏
同じアパレル会社に勤めている同僚で、私にとっては少し特別で、唯一私が普通に話を出来る男性だ
私にとって特別になった理由は、きっと彼は覚えていないだろうけれど
「そう、それなら良かったわ……って良くないわね、立てる? 警察呼びましょうか?」
「さっきお巡りさんって……」
柊さんの言葉に私は聞き返す
さっき警察に向かって手を振っていたように思うが
「ああ、あんなの嘘よ嘘、必要なら本当に呼ぶけど……」
「いえ、いつものことなので大丈夫です」
言いながらスマホを取り出そうとする柊さんを手で制する
どうせ警察に言ったってまた真剣には取り合ってくれるわけがない
「……何か事情があるみたいね、あたしの家近くだから一度寄っていきなさい」
柊さんは少し考えた後にポンッと手を叩いて即決する
「え、でも……ご迷惑おかけするわけには」
助けてもらっただけでも充分に迷惑をかけているのにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思い一歩さがって断りを入れる
「このまま帰られて何だったんだろうってなるほうが迷惑よ……あ、男の部屋に一人で来るのは怖いかしら……それならそこら辺のファミレスにでも」
「こ、怖くないです! 柊さんなら、ですが……」
気付けば私は食いぎみにそう答えていた
柊さんを怖がっていると思われるのは何故かどうしようもなく嫌だったから
「……あらそう? それなら良かったわ、ほら、歩ける? 大丈夫よー、家すぐ近くだから」
「はい、ありがとうございます……」
私は先導する柊さんにお礼を言うと柊さんについて家を目指した