「さて、次は宿だな。どっか良いとこないか?」
「探すよ。ビオナ貸して」
「おう、頼んだ」
その会話を聞いていたロロが首を傾げた。
「不思議なのですが、ここではビオナが無いと何も出来ないと言いますが、宿を取ったりするのに生体認証は必要ないのですか?」
「集落の入口で生体認証をしているから宿を取ったり食事をしたりするのにはいちいち必要ないんだ。集落を建てたのはセントラリオンだよ。けれど管理と運営をしているのは一般人だ。ここに店を構えている人たち。彼らは基本的に金払いさえ良ければ誰が食事をしようと宿泊しようと口出しはしてこない。喩えビオナが無くても」
「それは、そういう人たちは結構居るという事なのでしょうか?」
「うん。例えば、ビオナを貰うには出生届が必要なんだ。そしてその後、子どもたちは大抵カムネストに預けられる。けれど色んな理由で出生届を持たない子たちも居る。そういう子たちはビオナが元々無いんだ。この世界では浮いた存在だね。そういう人たちの為に裏社会でだけ使える特殊な擬似ビオナが開発された。それを使うとここみたいな公式の集落には入れない。その変わり、裏の人たちが運営するグループと呼ばれる集落に入ることが出来るんだよ」
「……セントラリオンにはバレないのですか?」
「バレてるだろうね。でもそのグループは常に移動している。その場所は疑似ビオナを持っている人にしか配信されない。この世界は君たちも知っての通りとても広い。そんな世界をセントラリオンだけで全ての人間を監視出来ると思うかい?」
「無理……ですね。それはこの世界の全てのアリを一匹残らず把握するようなものです」
「アリってなんだ?」
ふと気になって問いかけると、ロロが驚いたような顔をする。もちろんスワローもだ。
「アリが居ないのですか!?」
「いや、そもそもそれが何か分かんねぇんだよ。哺乳類か?」
「いいえ、ハチ目ハチ亜目有剣ハチ下目アリ上科アリ科を総称する体長2.5~3.5mmの昆虫です」
「へぇ。ちっせぇな」
感心したように言うと、ロロとスワローは互いの顔を見合わせて首を傾げている。
「アウル、アエトス、僕達からもいくつか聞きたい事があります。早く宿を取りましょう」
「分かった。それじゃあこれはテイクアウトにしよう。スーちゃん、残りの肉は部屋で焼くよ」
「分かった。まとめる」
アウルの言葉にスワローは手早く片付けてあっという間に肉塊を添えつけてあった大きな紙でくるむ。
「準備出来た」
「お前、こういう時だけ異常な速さだな」
足も速いが好きな物に関してだけは手も速い。なんて分かりやすい奴なんだ。
それからアウルが取った宿に荷物を置くと、今日はアウルとロロの部屋に集まった。もちろん、スワローは肉焼き器と肉塊を持って。
「話し合いをする前に何かデザート頼む? この宿、デザートだけは一つだけサービスなんだって。はい、これ」
そう言ってアウルが取り出したのは宿の入口に置いてあったパンフレットだ。そこには無料サービスのデザートがホログラム付きでズラリと並んでいる。
「こういうのはビオナを使わないんですね」
「さっきも言った通り、ビオナを持たない人も居るからね。そういう人たちへの配慮なんだよ」
「面白いです。このシュクランテ漬けルビリムというのは何ですか?」
「シュクランテって言う植物を精製して粉末にした甘い粉にルビリムを皮ごと漬けて、一年間寝かせたものだよ」
「皮ごと? 歯が折れる」
「はは! 大丈夫。ルビリムの皮は新鮮なほど硬いんだ。けどこうやって熟成させると柔らかくなる。ちなみに女子たちが使うルビリムの粉は酸化が早いから、スーちゃんがお年頃になった時は気をつけてね」
「分かった。気をつける」
「美味しいのですか?」
「う~ん……僕はここまで甘いのは少し苦手かな。それならこっちのアンバースイートのタルトの方が美味しそうだ」
「アンバースイートとは?」
「通称、琥珀の木って呼ばれる木から採れる樹液だよ。木にドリルで穴を空けてそこに筒状の専用の器具を刺して一週間樹液を貯めるんだ。ただ、この樹液は粘りが凄くてね。途中で詰まってしまう。だからほぼ四六時中器具が詰まらないように監視してないといけない面倒な甘味料なんだよ」
「でも美味しいのですか?」
「美味しいね。俺は甘味は大抵これを使うよ」
「安いしな」
「面倒なのに?」
「ああ。面倒だが作業内容は簡単だからな。採取ランク1だぞ」
俺の言葉に二人は小さな悲鳴を飲み込んだ。