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第15話『ミスティバニー』

「そっちの時代には無かったのか?」

「こんなの無い。会いたい人の名前言ったらそこに転送される」

「その場で僕達の身体は粒子になり、いつでもどこでも生成する事が可能でした。世界は量子の働きによって管理されていたのです」

「へえ」


 何だかよく分からないが凄い世界だったと言う事なのだろう。


 俺は全く興味はないがどうやらアウルは違ったようで、それを聞くなり身を乗り出してロロに詳しく教えろと迫っている。


 その間に俺はククルスに簡単なメッセージを送った。するとほぼ間髪入れずに返事が帰って来る。


「おい、待ち合わせはどこにする?」

「あっちはどこに居るの」

「ソルティアーナだな」


 それを聞いてアウルは顔をしかめた。その気持は分かる。


 ソルティアーナ大陸はノヴァリーフ(この星の事だ)の中で最も南に位置している、馬鹿みたいに熱い大陸の名だ。


「よりによってソルティアーナか……アスカッションまで行かないと駄目?」

「駄目だな。今は休暇中だそうだぞ。しかしあの女は本当に熱い場所が好きだな」

「年中裸みたいな格好してるしね。はぁ……行くか」


 覚悟を決めたかのようにため息をつくアウルだが、思い出してほしい。これは完全に自業自得だと言う事を。そして俺は完全に巻き込まれているだけだと言う事も。


「言っとくが道中のモンスター退治はお前も手伝えよ。こうなったら狩りまくって荒稼ぎしてやる」


 アウルを睨みつけて言うと、アウルは肩を竦めて頷く。


 こうして俺達はまた南に向かって走り出した。 


 グレイシア大陸はどこもかしこも氷で覆われているが、たまに雪が溶けて地表が見えている場所がある。その近くには必ず源泉があるのだが、俺達はまずそこを目指していた。


 グレイシア大陸で一番気をつけなければならないのは体温の低下だ。グレイシア大陸で移動をするのは半日。これが鉄則である。


「おい、あったか?」

「ないねぇ。しかしアエトスのビオナの行動履歴は見事に狩猟ばっかりだね。もっと集落とか源泉とかさ、半年も居たんでしょ? その間に登録しなかったの?」

「大体行き当たりばったりだからな。いちいちそんな事はしねぇな」


 けれど今は後悔している。探せども探せども源泉も集落も見当たらなくて。


「そんなだから『能無し』だなんて不名誉な二つ名がつくんだよ。どうするのこれ。闇雲に走ってもオイルが勿体ないだけだよ」

「そろそろ何かしら集落は出てくんだろ。今日はそこで一泊――ちょいまち」

「なに?」

「あそこ、何かいる」


 前方に見える真っ白な塊を指さして言うとゴーグルをつけて耳の後ろについたネジを回した。するとゴーグルはその瞬間、遠方用に早変わりする。


 同じようにゴーグルをつけたアウルがぽつりと言った。


「あれは……ミスティバニー(兎)かな」

「多分な。おい、今日の飯はあれだ」


 距離にして70メートル程先に何かが微かに動いた気がしたのだ。確認すると、そこには蹲って暖を取る数匹のミスティバニーがいる。


 俺が前方を指すと、スワローとロロが身を乗り出した。


「何も居ない。アエトスおかしくなった」

「あれは雪の塊ではないのですか?」

「居るんだよ。あいつはミスティバニーって言って、霧みたいに姿を隠すのが得意なんだ。モンスターランクは低めだが、脚力が凄いのと耳が良すぎるのが難点でな。丁度いい。スー、お前走ってあいつらをこっちに追い立てて来いよ」


 スワローの足は引くほど早い。元のオリジナルにきっとそういうのが居たのだろうが、人間では無いだろうというレベルの速さだ。


「分かった。スーはハンター」

「おお。初めてのお仕事だ。頑張れ」

「行く」


 スワローはそう言ってバギーから颯爽と下りて足を伸ばしだした。それを見て俺もバイクから下りる。


「アエトスは行かないのですか?」

「ああ。こんな距離でもエンジンふかしたら気付かれちまう」


 ミスティバニーの厄介さは脚力と擬態能力と聴覚に尽きる。


 俺は弾を銃にこめてバギーの前に立つと、スワローは隣で足を伸ばして走る準備をしていた。そんなスワローにアウルが言う。


「スーちゃん、これ靴の裏につけな。多分それじゃあ滑って走れない」


 そう言ってアウルがスワローに手渡したのは簡易スパイクだ。スワローはそれを受け取ってぐにぐにと折り曲げる。


「これ何?」

「取り外し式のスパイクだね。中に細かい針が仕込んであるんだよ。体重がかかると中から針が出る仕組みだよ。靴の横にスナップがついてるから、そこに取り付けて。ついでにこれも」


 アウルは自分のゴーグルをスワローの首にかけると、スワローは頷く。


「分かった」


 素直にアウルの言う通りに靴の裏にスパイクを取り付けたスワローは、ちらりと俺を見上げる。

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