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第11話『∑』

 モールリーパーの後を追って地上に出ると、既にそこにはモールリーパーの姿は無い。あいつらは本当に逃げ足が早い。おまけに土の中の事ならスペシャリストだ。どうやらガスのない場所を選んでうまい具合に穴を掘ってくれたらしい。


「はぁ……間一髪……だな」

「全くだよ。ここで終わるのかと思った」

「それはこっちのセリフだ。巻き添え食って死ぬとこだったじゃねぇか。おいスワロー、大丈夫か?」

「平気」


 そう言いながらスワローはしきりに腕を気にしている。何かと思って腕を見ると、スワローの二の腕から血が流れていた。


「お前、どこで怪我したんだよ」

「分かんない」

「バイクまで我慢しろ。で、そっちはどうなんだ?」


 振り返ると、アウルの隣に少年が唖然とした顔で突っ立っている。その少年にスワローが近づいた。


「∑」

「∽?」


 スワローと∑は共に無表情のまま頷き合うと、互いに手を差し出して握りしめる。千年も眠っていたというのに、なんて淡白な挨拶なのだろうか。


 まぁもう命が助かったのだから何でも良い。


 ホッと息を付いていたのも束の間、地下からまた地鳴りが聞こえてきた。


 それに気づいて俺とアウルは顔を見合わせると、スワローと∑を抱えて走り出す。この音はモールリーパーの音ではない。もっとデカい何かだ。


 と、その時。地鳴りが終わったと思ったら地下から突然大きな爆発音が聞こえてきたのだ。その後も何度も何度も爆発音が鳴り響き、今度は地面が揺れ出す。


 俺達は一目散にバイクとバギーの所まで走った。


「おい、乗れ!」

「君はこっち!」


 互いの乗り物に子どもたちを積んでエンジンをふかすと、猛スピードでその場を離れる。


 どれぐらいの爆発物が仕掛けられていたのか分からないが、未だ鳴り響く爆発音がどんどん遠ざかっていく。


 俺はバイクを停めて振り返ると、すぐ隣にバギーが停まった。


 その瞬間、地面が一瞬盛り上がり、先ほど居た場所から大量の氷と雪を舞い上げて大爆発を起こす。


「証拠隠滅ってか?」

「何の」

「それはお前が知ってんだろ」


 冷たい声で言うと、アウルは肩を竦めて見せた。


「全部話すよ。でもその前に今日の宿を確保しよう。それからこの少年の名前も決めないと」


 アウルが言うと、∑はちらりとアウルを見上げる。


「名前? 数学記号ではなく?」

「そう。∑も格好良いけどね。ちなみに俺はアウル。こっちはアエトス。彼女は今はスワローだよ」

「なるほど。梟と鷲と燕ですか。鳥類縛りなのですか?」

「いや、その人の個性に併せて昔の動物の名前を借りて呼んでるだけだよ」

「そうですか。面白い風習です。では僕にも何かつけてください。ちなみに鳩は嫌です」


 スワローとは違って随分としっかりした話し方をする少年に俺が慄いていると、アウルはおかしそうに笑って名付けた。


「それじゃあロロはどうかな?」


 ロロ? 思わず俺が首を傾げると、少年は納得したように頷く。


「オウムですか。まぁ僕はお喋りですから妥当です」

「はは! これは面白い相棒が出来たな。さて、それじゃあ移動しよう。ロロはあまりにも寒そうだ」


 アウルの言う通り、ロロはスワローと同じで真っ白のワンピースを着ている。もしかして女子なのか? 


 結局、俺達はそこから移動してまたアイスピックにとんぼ返りする羽目になってしまった。


「面白い造りですね。しかし雑です。これではいつか崩落しますよ」


 ロロはバギーの窓から身を乗り出してアイスピックに入る坂の壁をじっと観察している。


「中はレンガだよ」

「レンガ? なるほど。釜のようになっているのですね。しかし寒いですね」

「ロロ、寝間着。だから寒い」

「寝間着? おい、お前が着てたのもまさか寝間着か?」

「そう。寝る時は寝間着」

「マジか。あれワンピースじゃなかったのか」

「ほんとだね。君たち寝てたんだもんね。アイスピックに入ったらロロにはエレフォルム(象)の防具を作ろうか」


 アウルは笑いながらそんな事を言ってロロの頭をワシワシと撫でている。


「ありがとうございます。ところでエレフォルムとは?」

「この世界はモンスターに支配されてんだよ。エレフォルムってのはそのモンスターの種類名だ。で、俺達はそいつらを狩って皮やら爪やら肉やらを売って生計を立ててる」

「なるほど。随分と原始的な生活に戻ってしまったのですね。スワローはもう何か固形物を食べましたか?」

「食べた。肉と魚とパンは美味い」


 自慢げに俺の後ろで胸を反らせるスワローを見て、ロロが少しだけ眉根を寄せた。


「……お腹壊しませんでしたか」

「スーはお腹強い。ロロと違う」

「……ふん」


 どうやらロロは腹が弱いらしいが、そんなどうでも良い情報はいらない。


 やがて長い坂を下りきると、スワローは慣れた様子でバイクから飛び降りた。


「ここで下りる。基本」

「分かりました」

「先輩ヅラすんな。お前が起きたのだってちょっと前じゃねぇか」


 スワローに荷物を渡してバイクを停めると、ロロもバギーから下りてくる。


「あっちに停めてくるよ。こういう時はバイクが羨ましいね」

「そうだろ。先にパブ行ってんぞ」

「分かった。すぐ行く」

「おい、お前らついてこい」


 二人に短く言って歩き出すと、二人は大人しくついてくる。


「よぉアエトス! なんだ、隠し子か?」


 またか。声を掛けてきたのは知り合いだ。半年もここで仕事をしていたら大体のハンターとは顔見知りになる。ここでは軽口も小競り合いも日常茶飯事だ。


「んな訳ねぇだろ。アウルだよ」


 せめてもの仕返しにと思ってそう告げると、知り合いは何かに納得したように腕を組んで頷いた。


「あいつはああ見えて遊び人だからなぁ。しかしハントに子ども二人はキツイだろ。カムネストに預けなかったのか?」

「みたいだな。てか、あいつも最近預けられたらしいぞ」

「マジか! ははは! 私生児じゃないと預かってくれないもんな、カムネストは。ざまぁみろ、あの色男め!」


 ゲラゲラ笑いながら男は去って行った。アウルが普段どんな生活をしているのか、何となく垣間見てしまった気分だ。


 パブに到着して席につくと、案の定俺達は注目の的だった。こんな事なら先にホテルを取ってそこで飯を食った方が良かったかもしれない。


 そんな視線を全て無視して酒とフルーツジュースを注文すると、何やらそわそわした様子でスワローがカウンターを見ている。


 スワローの視線の先に置いてあるのはあの集落と同じような肉塊と野菜だ。


「アエトス、肉焼く?」

「ん? ああ、そうだな。アウルが後で払うって言ってたって言って肉貰って来い」


 そう言ってカウンターを指差すと、スワローは意気揚々とカウンターに向かって歩いていく。そんな後ろ姿をロロがじっと見つめながら呟く。


「僕はどうすれば良いですか?」

「別に何も。座ってジュースでも飲んでろ」

「分かりました。これ新鮮ですよね? お腹壊しませんよね?」

「多分な」


 何よりも腹の心配をするロロに同情しながらも酒を飲んでいると、パブの入口から珍しく機嫌が悪そうなアウルがやってきた。


「よぉ。遅かったな」

「遅かったなじゃないよ。何、俺の隠し子って」


 アウルはやってくるなり机に両手をついて抗議してくるが、俺はそんなアウルに言った。

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