「相変わらず用意が良いねぇ」
「これ何? 変な形」
スワローはマスクの付け方が分からないようで、上下を逆さまにしたりひっくり返したりしている。そんな様子を見兼ねたのか、アウルがマスクの付け方をレクチャーしてやっていた。
「息は出来る? スーちゃん」
「出来る。でも苦しい」
「少しの間我慢しろ。あとここ掴んでろ。はぐれんなよ」
「分かった」
大人しく頷いたスワローは俺のコートのベルトを掴んだ。それを確認してアウルに視線を送ると、アウルは頷いてN504地区の入口にセキュリティコードを打ち込みだす。
「生体認証はないのか?」
「無いね。ここはまだ開放前だから皆それぞれにパスキーが配られたんだ。恐らく一筋縄じゃ行かない事も分かってたんだと思う」
「なるほどな。スワロー、いいか。俺達に何かあったら俺のバイクかこいつのバギーですぐにどっかの集落目指せ。ウロついてたらお前なら誰かが保護してくれる」
「スーはアエトスといる」
そう言ってスワローはぎゅっと俺のベルトを握りしめてくる。そんな俺達を見てアウルが笑った。
「いいねぇ、美少女に懐かれて。俺も見つけたいものだ」
「やろうか?」
「遠慮しとく」
肩を竦めてそんなやりとりをしているうちに、ようやくパスコードを認証し終えたのか、厳重な鉄の扉が低い音を立てて開いた。
俺達は顔を見合わせて扉の内側に入るなりすぐさま武器を構える。
「戦う?」
「いや、出来れば戦いたくねぇな」
「誰にも出くわさない事を祈るよ。こっちだ」
それだけ言ってアウルは薄暗い地下通路を進み始めた。俺達もその後に続く。
しばらくは道なりに進んでいたが、やがて道が二股に別れた。それでもアウルは迷うこと無くどこかへ向かって進んでいく。
「これは確かに迷路だな」
「でしょ。僕達の最初の仕事はここのマッピングだったんだ。ま、出る時に全部没収されたんだけどね」
「マジかよ。でも入口に誰も居なかったぞ?」
「うん。閉鎖されたからね。多分君がモールリーパーと戦ってる時だ」
「なるほど」
あの時、どうやら地下ではそんな事が起きていたようだ。それからもアウルの後に従いながら歩いていると、突然少し拓けた場所に出た。
「なんだ、ここ」
今までは良くも悪くも土で覆われた洞穴というか洞窟という感じだったが、この場所は突然壁が近代的になっている。
壁はグレーに統一されていて、質感はすべすべしていて何かの鉱石なのだろうか。触った事も見た事もない材質だ。
「恐らく過去の遺物だよ。何かの施設だったのかな」
「地下に?」
「それは分からない。当時はちゃんと地上にあったのかもしれない。ここら辺はモールリーパーの住処だったみたいだから、そのせいで地盤沈下した可能性もある」
「にしちゃ、ちょっと綺麗に残りすぎじゃねぇか?」
「僕もそう思う。でも地下に何かの施設を作るなんて、絶対に碌な事じゃない」
「それはそうだな。ん? どうした? スー」
俺のベルトを突然スワローが放した。振り返るとスワローは相変わらずの無表情だが、ある一点をじっと見つめている。そこは壁だ。
「あそこに何かあんのか?」
「ある。こっち」
スワローは短く言って突然走り出した。そのスピードは相変わらず尋常じゃない。
「ちょ、速くない?」
「多分あれがスワローの特技だ。コールドスリーパーは何かに特化してるって言われてんだろ」
「ああ、なるほど」
俺達が全力疾走してもスワローには到底追いつけなかったが、スワローはある壁の前まで来るとおもむろに継ぎ目も何も無い壁を指先でなぞり始めた。
「何やってんだ?」
「認知させてる」
「は?」
相変わらずよく分からないスワロー語に俺は首を傾げつつ周りを見渡していると、アウルが短く叫んだ。その声に驚いて思わず振り返ると、そこにはさっきまで無かった空洞が出来ている。
「ここ、好き」
そう言ってスワローはその空間に入っていくが、俺達はその前で思わず立ち尽くす。
「なぁ、入っても大丈夫なんだよな?」
「多分?」
「お前、学者だろ。先入れよ」
「僕は地質学者で物理学者じゃない。はぁ。よし、行こう」
「行くのかよ!」
だからこういう無駄な行動力は一体どっから来るんだ。そう思うが、ここで取り残されても仕方ない。
渋々俺は二人についてその空間に入ったが、中は思っていたよりも明るかった。
何かのホールだろうか? 天井を見上げると球体になっていて、壁はさっきとは打って変わって真っ白でツルツルしている。
と、その時だ。ホールが真っ暗になったかと思うと、一瞬にしてホールの壁一面にどこかの景色が映し出された。
『ようこそ、タイムシアターへ。現在、この施設はご利用できません。ご利用になる場合は管理者のマスターキーを挿してパスコードを入力してください』
どこからともなく聞こえてきた声にキョロキョロしているのは俺だけで、スワローもアウルも既に部屋の中央にあった長椅子に寝そべるように身体を預けている。
「見れないんだって。残念。ここでは何が見れたの?」
「何でも。昔の事、全部見れた」
「そうなんだ。ここ、もしかしてスーちゃんが居た所?」
「うん。でももう誰も居ない。皆眠った」
「そっか。他の部屋も分かる?」
「分かる。居住区だけなら」
「案内してよ。見てみたいな」
「いいよ。こっち」
そう言ってスワローは立ち上がると俺のベルトを掴んで引っ張ってくる。
「おい、アウル」
「これは思いがけない収穫だ。スーちゃんが居れば俺達では入れない部屋に入れるかもね」
嬉しそうに答えるアウルを軽く睨みつけて俺達はスワローについていく。
「ここが学習室。あの部屋に入って催眠学習する」
「ふむふむ」
「こっちは疑似プレイ空間。外の景色が映る」
「なるほど」
「ここは運動室。5日に一回入れる」
「広いね」
「実験室。ここで色んな実験する」
「へぇ」
「ここが斎場。失敗した人が入る」
「斎場?」
穏やかなスワローの案内には似つかわしくない単語に思わず俺達は顔を見合わせたが、スワローはそんな事に気にも留めず施設の中をその後も案内してくれた。
けれど時々何か不穏な単語が随所に含まれている。