俺のそんな些細な表情を読み取ったのかどうかは分からないが、アウルは俺の顔を覗き込んできた。
「そんな訳だからアエトス、俺と一緒にN504地区に潜ってくれないかな?」
「嫌だと言ったら?」
「もちろん断ってくれても構わない。その代わり、俺は彼女の事をセントラリオンに伝えるよ。一千万ゼノ、欲しいからね」
「俺だって仲間が欲しくなる時だってあるさ。例えば弟子とかな」
嘘だ。そんなものを欲しがった事などない。それに弟子を取るなら間違いなく男にする。どうにか誤魔化そうとしてみたが、アウルは微笑みを崩さない。
「アエトスー、カムネストを出るのは女は18だよ? あの子はどう見ても18じゃないよね? てことは本当に君が言ったようにどこかで拾ったとしか考えられないんだよ。でもこんな極寒の地にあんな少女を捨て置くなんて正気の沙汰じゃないし、何よりも君に預けるというのは無謀だ。俺なら絶対にしない。おまけにビオナも無いみたいだし?」
「何が言いたい」
「そのまんまだよ。彼女はN504地区から出た二体目のコールドスリーパーだ」
アウルはフクロウの名を持つだけあって洞察力に優れている。だからこそ研究者なのだが、こういう時は厄介だ。俺はとうとう観念して両手を上げた。これで面倒事に付き合わされるのは決定だ。
「……そうだよ。モールリーパーに追われてビオナをクレバスに落としたんだ。それを拾いに下りた先で見つけた。これで良いか?」
「もちろん。どうして君がCSPをその場で開けてしまったのかは聞かないでおくよ」
「そうしてくれ……いつから気づいてた?」
CSPを開けたのは完全にうっかりだ。というよりも、不可抗力だ。恐らくアウルもそれは分かっているのだろう。
「最初から。あのアエトスが少女を連れて歩いてるってだけで訳ありに決まってる。それにあの子はタイダルバロスすら知らなかった。モンスターは一通りカムネストで習うでしょ? それよりもどうしてすぐにセントラリオンに報告しなかったの。バレたら多分冗談じゃなく消されるよ?」
「だろうな。でもおかしいだろ。消されるぐらい重要な物がまだあんな子どもだなんて俺は考えもしなかった。CSPから発見された人間の容姿も年齢も素性もその後も誰も知らない。だが、出てきたのはあの通りタンパク質の足りていない子どもだ。セントラリオンは一体何を隠している?」
声を潜めて言うと、アウルは苦笑いを浮かべる。
「渡さなくて正解だよ。俺もずっと気になってた。このビオナにしてもそうだ。生まれた時からその人の一生を管理してくれる。それはとても便利だよ。でもそれは一体何のデータを集める為だろうって考えた事はあるかい?」
「データ? 単純に人口の増減の管理の為じゃないのか?」
「そんな訳ない。それなら生まれた時と死んだ時のデータだけで十分だ」
「……確かにそうだな」
どうしてそんな単純な事に今まで気付かなかったのだろうか。思わずアウルを見つめると、アウルは柔らかく笑う。
「ま、気にしても分からないものは分からない。これに盗聴機能がついてない事を願うよ」
そう言ってアウルはビオナを指さした。それは本当にその通りだ。もしもこの会話が聞かれていたら、俺もアウルもスワローも間違いなく収容される。
「それで、詳しい話を聞こうか。俺は結局何を手伝えば良いんだよ」
「簡単な事だよ。ただN504地区についてきてくれってだけの話。護衛としてね」
「護衛? お前に護衛なんかいらないだろ。スナイパーなんだから」
「それはそうなんだけどね、あんな地下で俺の腕前は試せないでしょ? その点君なら安心だ。敵がどんな物でもすぐに対処してくれる」
何だか引っかかる言い方だが、スワローの事を通報される訳にはいかないので俺は仕方なく頷いた。
「ところで俺からもいくつか質問なんだが、お前さっき言ってたよな? 皆、今も潜らされてるって。何でお前、ここに居るんだよ?」
「確かに俺は皆と一緒にN504地区に潜った。もちろん皆、研究者とは言えハンターだ。いくつかのチームに分かれて進んでたら、あそこは他の地区とは比べ物にならないぐらい入り組んでてね。罠というか旧時代のシステムがまだ稼働してたんだ。そこでさ、ちょっとヤバいの見つけちゃったんだよね」
「ヤバいの?」
「そ。マップ……なのかな? あれは。それから何かの資料」
そこまで言ってアウルは茶を飲んだ。そして俺はそこまで聞いて既に引き受けた事を後悔している。
「それで? お前のチームはどうしたんだ? 皆で仲良く出てきたのか?」
「まさか。皆一千万ゼノがかかってるんだ。そんな部屋見つけたらそりゃ殺し合いが始まるよね?」
にっこり微笑んだアウルを見て俺は頭を抱えて低い声で言う。
「おい、どうしてお前は昔からそういう厄介事ばっかり俺に持ってくるんだ? あとお前がここに居るって事はお前が生き残ったって事でいいか」
「俺とあともう一人。ハイエナだ」
それを聞いて俺はさらに項垂れる。
「なぁ、下りていいか」
「通報しても良いなら」
最悪だ。一番厄介な奴にバレてしまった。
「で、俺はハイエナからお前を守れば良いのか?」
「それとモールリーパーね。その間に僕はあのマップを読み解く。ついでに資料も持ち出したいね。アナログで」
「そんな時間あるのか?」
「さあ? まぁ行ってみれば分かるんじゃない」
肝心な所でアウルはいつもこうだ。後先を考えないこの無駄な行動力をどうにかしてほしい。
「はぁ……また戻るのか。俺はいつになったら南に行けるんだ」
「はは! まぁもうちょっとこの極寒の地を楽しもうよ」
気軽に言ってくれる。項垂れる俺の肩をアウルは軽く叩いて笑うと、さらに付け加えた。
「ああ、そうだ。あそこビオナおかしくなるからね」
「は?」
「言ったでしょ? ビオナが西を間違えたって。あれ、N504地区だから」
「……」
もう言葉もない。俺はそっとアウルの腕を掴んで立たせると、そのまま外へ放りだした。その直後にアウルから明日からの予定のメッセージが届いたのだった。
結局、この小さな集落に居たのは3日だ。スワローの防具と武器が出来上がってすぐに俺達は出発した。
「これ、快適」
「でしょー? 今どきバイクで移動なんて考えられないよね。屋根無いし壁無いし空調無いし」
「考えられない」
「そうかよ。じゃあもうお前はアウルと行動してろ」
スワローはアウルの屋根と空調つきのバギーに乗ってご満悦だ。それと並走しながら俺達はN504地区を目指す。
N504地区の入口は俺があのアイスベアウルフを討伐した場所からさほど離れてはいなかった。
俺はゴーグルを外して周りを見渡すと、何気なくビオナを見て頷く。やはりそうだ。アウルの言う通り、ここではビオナが調子を崩す。
「おい、ここ何か出てんじゃねぇのか?」
バイクを押しながら立ち入り禁止区域に近づくと、バギーを停めてアウルとスワローが下りてきた。
「分からない。あまり長居は出来ないね」
「一応マスク持ってっとくか」
緊急用の防護マスクを三枚取り出すと、それをアウルとスワローに配った。