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第7話『ウィンターホロウN504地区』

 アウルは突然そこで言葉を切った。壇上にようやく虚ろな目をしたタイダルバロスの死骸が運び込まれてきたのだ。それを見てスワローが身を乗り出す。


「あれがタイダルバロス?」

「そうだ。海の猛獣だ。あいつをハントするなら最低でも大型船三隻、小型船五十はいる。浅瀬に追い立てて囲い込んで一気に畳み込まないと暴れられたら一貫の終わりだ」

「怖い」

「そうだな。まぁ俺らはあんな化け物を標的にしたりしない。安心してろ」

「よく言うよ。アイスベアクルスの成獣狩ったって聞いたよ?」


 苦笑いしながらそんな事を言うアウルを睨みつけて、どんどん解体されていくタイダルバロスを見ていたが、時折血しぶきが上がるのでふと心配になってスワローを見た。


 けれどスワローはこちらのそんな心配をよそに目を輝かせてその光景を見ている。


「これは立派なハンターになれそうだ」

「全くだ」


 悲鳴の一つも上げずに嬉々として解体ショーを見る少女など拾ってしまって、俺はこの先どうしたら良いのだろうか。


 解体ショーが終わると競りが始まる。俺達はタイダルバロスの肉塊を買い取ってそのまま食堂に移動した。


「スー、パン持ってきてくれ。3人分な」

「分かった」


 スワローはチューブの食事しかした事が無いと言っていただけあって最初はパンすら知らなかったが、昨日パンを食べた時に「歯の裏が気持ち良い」と訳の分からない事を言って3つも食べていた。要は気に入ったのだろう。


「それにしてもアエトス、マジであの子どこで見つけたの。拾ったって言ってたけどさ、落ちてないよね? こんな雪原にさ」

「……言いたくない」

「それは、やっぱり隠し子って事で良い? 髪の色そっくりだし」

「髪の色だけだろ」

「アルビノ種は年々増えてるらしいけど、また地殻変化でも起きるのかね」

「分からん。最近確かにビオナの調子が度々悪くなんだるんだが、お前はどうだ?」

「俺? 俺のは普通……いや、そう言えばこの間、西を間違えてたな」

「方位を間違えるのは相当だぞ」

「だよね。もしかして俺の調子が悪い?」

「かもな」


 買ったばかりの肉塊を切り分けながら答えると、アウルは肩を竦めてみせた。


「それでさっきの続きは?」

「ああ、あれか。いや、部屋行って話すよ。あんま食事中にする話でもないし」


 俺が切り分けた肉を焼きながらアウルが答える。俺はそれに頷きつつ食堂の素材コーナーに目をやると、スワローがまた昨日のおっさんどもに囲まれていた。


「いいの? あれ」

「別に大丈夫だろ。ん? なんか貰ってんな。ちょっと行ってくる」


 アウルの返事も待たずに席を立った俺は、真っ直ぐにスワローの元に向かった。


「ほれ、お嬢。これはさっきのデカい奴の爪だ。タイダルバロスの爪は身につけてると幸運が舞い込むって昔から言われてんだ」

「悪いな」

「俺はこれをやるよ。犬歯だ。このまま武器屋に持ってって、短剣にしてくれって言うんだぞ」

「おう」

「俺はこれだ。皮膚なんだが、これはチョッキにしてもらうと良い。そんじょそこらのモンスターで作られた武器じゃ傷すらつかねぇ」

「分かった」

「……お前ら、何やってんだよ?」

「ああ、アエトス! 何やってるって見りゃ分かるだろ! お嬢に武器と防具の素材一式渡してんだよ。武器の一つも無いんじゃ心許ないだろうが!」

「正に今作ってる最中なんだよ。ま、ありがとな。ほら、行くぞ」

「うん。ありがとな」


 スワローは相変わらず俺の真似をしてパンと素材を持ってついてくる。その様子を見ていたのか、席につくとアウルがこちらを見て肩を揺らしていた。


「タイダルバロスの素材を譲ってくれるなんて気の良い奴らだね。お嬢さん、それ大事にしなね。滅多に市場に出回らないから」

「分かった。それ食べて良い?」


 適当な返事をして雑に素材をポケットに突っ込んだスワローが指さしたのは焼けた肉だ。


「俺らの分も残せよ」

「分かった」


 そう言いながらもスワローは一気に三枚ほどの肉を豪快にフォークで突き刺して口に運ぶ。


「おいアウル、早く食べろ。マジで食い尽くされるぞ」

「……そうする」


 朝食を終えて部屋に戻ると、スワローはそのままベッドに潜り込んで行った。腹が一杯になって眠いのだろう。自由なものだ。


 俺はビオナを部屋に添えつけてあるホルダーにセットして人数分のお茶を頼むと、しばらくして3人分のお茶のセットが部屋に届いた。


「で、話ってなんだよ? 何を手伝えって?」


 群れるのを嫌う俺に何かを手伝えだなんて、絶対に碌な事ではない。


「単刀直入に言うよ。俺と一緒にCSPが出たウィンターホロウN504地区に潜って欲しいんだよ」


 それを聞いて俺は眉根を寄せた。そんな俺を見てアウルは続ける。


「CSPが出た後、実は俺はあそこに潜ったんだ」

「あそこはまだ立入禁止区域だろ?」

「そうだよ。でも俺のもう一つの仕事を覚えてる?」

「……地質研究か」

「御名答。今、グレイシアに居る各界の研究者達が集められてウィンターホロウに潜ってる。いや、潜らされてる」


 そう言ってアウルはビオナを取り出して操作すると、目の前にホログラムのウィンドウを出した。それは誰かとのメッセージのやり取りだ。


「おい、お前。こんな物俺に見せて良いのか?」

「構わないよ。これはただのお誘いのメッセージだから。でも実は賢い君はここから色んな情報を読み取ると思うんだ」


 挑発的な事を言ってアウルは俺にメッセージの内容を見せてきた。


 確かにそこにはグレイシア全土に居る学者達への召集令状が記されている。その文章を読んでもアウルの言うようなものは何も見当たらなかったが、差出人の所を見て俺はアウルを見た。


「分かった?」

「ああ」

「確かにCSPが発見されたのは一大ニュースだ。でもどうして発見後にセントラリオンがこのメッセージを発信したのか。俺はそこに引っかかったんだ。ウィンターホロウN504地区の開拓だけが目的であればグレイシアからメッセージが届くはずだ。それに今まで同じ所からCSpが出たって話も聞かない。今回に限って何故、セントラリオンがわざわざ集まるかどうかも分からない各分野の学者に声をかけたのか。理由は一つしか考えられない。もう一つ、あそこにCSPが眠っている可能性が高いからだよ」


 アウルの言葉に俺はそっと視線を伏せた。それは多分、スワローの事ではないだろうか。

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